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生きる意味について

智慧は人生の羅針盤 (お釈迦さまが教えたこと)

智慧は人生の羅針盤 (お釈迦さまが教えたこと)

中野サンプラザなう。スマナサーラ長老が講師をされる日本仏教鑚仰会 仏教カルチャーセミナー「生きる意味について」13:30より。耳に引っかかった言葉を呟きます。
posted at 13:21:52

長老:生きる意味は何なのか?この質問は比較的若い人が聞くこと。子供達も訊く。子供達も思春期になって異性を追いかけるまではよく訊く。歴史上誰にも答えられなかった問い。推測、感想、自分の意見を言ってるだけ。
posted at 13:36:14

長老:生きる意味は何なのかというと、「神が大事な命を与えたのだから大事に守りなさい」「一つしかない命なのだから」「人間の魂は生きることで浄化する」訊いてないことを答える。
posted at 13:39:00

長老:別に神がいるか否かとか、命がいくつあるかとか、魂が有るか否かとか、訊いてない。訊いてるのは、生きる意味は何なのか?ということ。でもそういう誤魔化しに見事に騙される。
posted at 13:41:12

長老:誰もこの問題答えようとしない。答えようとしない理由は?怠け者のロバを働かせるために棒の先に人参を吊るす。我々がやっているのはそういう人生。神の話、永遠の天国の話などを目の前に吊るして、働かせている。
posted at 13:43:36

長老:巨大なカテドラルを作る。神殿を作る。でも一人でも天国をみた人居るのか?妄想が病的に進んだ人、ダンテとかノストラダムスとか。我々は全然経験したことない。そういう色んな概念作って、「生きる」事を忘れさせる。仏教はそれに反対。
posted at 13:46:49

長老:世の中のあらゆる宗教、生きる意味は何?という問いを徹底的に誤魔化そうとする。話題をそらす。我々はその誤魔化しに乗らないといけない。話題そらされて騙されて考えない事にさせる。仏陀は違う。その問題を考えさせてしまう。まず生きるとは何か?と研究する。
posted at 13:49:27

長老:答えだけ言います。生きるということはすごくシンプル。動くこと、なのです。生きる事は動くことです。死んだように横たわった人も、動いている。医者が生きているか死んでいるか調べる場合も、動いているか調べる。別に魂があるかどうか調べない。神父さんに電話しない。
posted at 13:52:30

長老:医者は脈をとって呼吸を見て心音を確かめて生死を決める。釈尊は2500年前に気づいていた。では、なぜ動くのか?なぜ?から科学が始まる。
posted at 13:54:21

長老:我々は死ぬまで呼吸している。なぜ?と訊くと変な顔される。細胞に酸素が必要だから、というのは間違い。犬猫も子供も呼吸している。呼吸することで細胞にどんな変化が起こるのか、と訊くならば正しい答え。なぜ呼吸するのか、という問いへの答えではない。
posted at 13:56:55

長老:一分くらいでも息を止めてみてください。息はいて止めるとどんどん苦しくなる。ガタガタ震えがくる。脂汗が出る。それでも続けると死んでしまう。吸って止めても同じ。なぜ呼吸するか?呼吸しないと苦しくてたまらないから。苦しみがあるから、苦しみを放っておいたら死ぬから、呼吸する。
posted at 13:59:30

長老:なぜ椅子に座っても動いてしまうのか?苦しい状態を変えたいから。なぜ食べるのか?空腹感の苦しみを無くしたいから。美味しいから食べるのではない。空腹感がない時にはご飯は美味しくない。テレビつけるのも、消すのも、退屈の苦から逃れるため。
posted at 14:02:38

長老:まばたきさえも、しないと苦しくてたまらない。体全体に苦しみというパワーが渦巻いている。苦しみを無くそうと動き続けている。しかし終わりがない。苦を避けた先もまた苦。生きる事は、苦から苦へと動くこと。仏教はそれに輪廻という。キリがなく続く苦の循環。
posted at 14:06:00

長老:では生きる意味は?皆さん答えを出してみてください。簡単に出てきます。全然、無いんです、生きる意味は。
posted at 14:07:19

長老:生きることに意味はない。苦から苦への転換に意味はない。本当の意味は「苦しみを無くすこと」なのです。真面目な話です。意味はあるなら皆知っているはずです。我々は意味のない行動はしない。意味が無いのは生きる事だけ。
posted at 14:11:46

長老:なぜ生きるのか?見事な答えは、「まだ死んでないから」。明るく幸福に生きる人には、そういう答えが出てきます。
posted at 14:13:33

長老:生きる事は動く事。すべての動きは、結果を出してしまう。行為という言葉の方が相応しい。一切の行為に結果があるのです。その結果が、善い場合も、悪い場合もある。同じ行為にしても。しかし行為終わった時点で結果のかんりはできない。
posted at 14:16:10

長老:善い結果を出そうして行為するのは、皆が努力して行っていること。仏陀はそれを思い出させてあげる。神様は自分の好みで選べるが、善い結果出しなさいよ、という教えは好みで選べない。選択の余地がない。
posted at 14:21:13

長老:行為には結果があるんだよ、善い結果出すように行為しなさいと。理性ある人は善い結果を出す。だらしなく生きている人は悪い結果を出す。だったら善い結果を出すように生きてみてはどうかと。議論の余地のない教えです。
posted at 14:24:18

長老:生きる事は行為である。行為には善し悪しがある。いつでも善い行為をして生きてください。 「一切の悪を止めること。善を行うこと。 自らの心清らかにすること。それが仏陀たちの教えです。」
posted at 14:27:21

長老:我々は変な事ばかり考えているから真理が見えなくなる。真理は目の前にある。遠くを見ても真理は見えない。真理は足元にあるんです。
posted at 14:29:13

長老:我々は死ぬまで生きています。死ぬまでやるべき仕事がある。ポイントはその仕事とは何なのかと探す事。それに失敗してはいけない。釈尊は、若い時は財産を作ってください。幾らか蓄えて、施しの習慣も付ける。年取ってリタイアしたら人格を育てないと。
posted at 14:32:32

長老:年をとると性格が頑固になる。だから柔軟で明るく、ありがとうと言える性格を育てる。一切生命の幸福を願う気持ちを育てる。その人が天国に行くのです。(神を)信じる人ではありません。
posted at 14:34:39

長老:生きることに意味はない。であれば、強引に意味を作るんです。本当の意味は「苦しみを無くすこと」。そのための最短の道が仏教です。行為には結果があるのです。だったら善い結果を出すように気をつけて生きなければ。一切生命の幸福を願う心を育てることです。(休憩)
posted at 14:46:21

(ICレコーダー壊れた。このメモが唯一の記録と思うとプレッシャーだな。)
posted at 14:50:22

Q物理学者です。生きる意味があるか?価値論からすると霊魂があるか否かと思う。仏教は霊魂が有るとも無いとも言わない。誤魔化してるように思ってしまう。上座仏教は霊魂にどういう立場。
posted at 14:53:22

長老:人間は価値を勝手につけるもの。霊魂が有ると科学的に説明して欲しい。私知る範囲では未だに見つかってない。原始時代から今まで。何か言う前に少し調べて欲しい。釈尊は調べられる範囲で全て調べた。
posted at 14:56:42

長老:霊魂というのは、定義すれば何があっても変わらないもの。ならば最初に知っているはずです。事実は、すべて無常なんです。釈尊は論理的に、これは無常だよ、という。川が有ると言っても、ただ水が流れるだけ。変わり続けている。無常が存在です。無常だから生きている。
posted at 14:59:30

長老:「私が生きている」というのは単なる言葉。単なる言葉を我々は実体と誤解する。実際はただ流れているだけ。原因結果の流れです。「私」という気持ち、その実感が何処から生まれているのかと探す事が、瞑想。神秘的なことではない。
posted at 15:03:33

長老:その都度体に起こる感覚に「私が」という実感が割り込む。感覚が俗に言う命。感覚が俗に言う霊魂なんです。感覚は恐ろしいスピードで変わらないと生きていられない。強烈な無常だからこそ生きていられる。
posted at 15:08:11

長老:物質宇宙も無常。感覚(こころ)はなおさら無常です。釈尊:「肉体が魂というならまだ分かる。何十年かは形が持つのだから。だがこころが魂というのはイカレテル。瞬時に変わってしまうのだから。」
posted at 15:12:12

長老:非難されてる偽科学にもそれなりにデータは有る。魂論には何のデータもないのに、証拠もないのに、皆信じている。
posted at 15:14:50

Q生老病死の教えについて知りたい。
posted at 15:15:17

長老:講演で話した「苦」について、一般人に言っても理解してもらえない。そこで具体的なケースに沿って説明している。生まれることは赤ん坊にとって大変な苦しみ。産道を通るのは死ぬほど苦しい。
posted at 15:17:24

長老:羊水破れて母胎から押し出される瞬間から老の苦しみが始まる。絶え間無い変化に晒される。安心できない。皆さん都合の悪いこと忘れますが、私は覚えていますよw 老いる事は、産まれた瞬間から老いるんです。死も同じ。いまの幸福がすぐ壊れるのだから。それも死ですよ。
posted at 15:21:08

長老:命そのものが、病でできている。クシャミすることも、腹が減ることも病なんです。命そのものが生老病死。それを乗り越えることが解脱というんです。
posted at 15:22:49

Q生老病死の生は「生きる」ではなく「生まれる」という意味で取らないといけない?
posted at 15:24:30

長老:生きることは「生老病死」です。生老病死の生は生まれることです。
posted at 15:26:11

質問者が自説の講釈を始めてしまうと、ややこしいな。
posted at 15:27:11

長老:我々は好むと好まざると因果法則の中で生きている。だったら善い結果出すように調整しなさい、もうちょっと気を付けなさいと。よく観察して調整するんです。それが修行。敢えてすること。因果法則に従うだけなら輪廻を超えられない。仏道は輪廻のサイクルを壊す道。
posted at 15:33:18

長老:因縁に従いながらちょっと違う道に歩まなくてはならない。それが仏教の道です。(終わり)
posted at 15:33:45

場外でも質問ぜめです。中高年の方が多いけど皆さんよく勉強されている。
posted at 15:37:27

備忘。スマナサーラ長老の「質問」に関する言葉。


「質問せずで遠慮していると、遠慮だけで人生が終わってしまいます。こちらでは、一般の宗教と違うことを教えているのです。釈尊の純粋な教えは、人々を束縛しようとするものではありません。一人ひとりがいかに心清らかに人格完成するかという道を教えるのです。」スマナサーラ長老
posted at 19:21:41


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