2018年の仏教系その他お仕事回顧:佐藤哲朗名義のあれこれ

今年の回顧ネタ締めくくりに自分名義でやった仕事をまとめます。

死と輪廻―仏教から死を見つめ直す― (別冊サンガジャパンVol.4)

死と輪廻―仏教から死を見つめ直す― (別冊サンガジャパンVol.4)

 

ほとんど再録記事ばかりで悪名高い?別冊サンガジャパンですが、Vol.4に

アルボムッレ・スマナサーラ長老『ブッダの実践心理学』特別講義 涅槃(ニッバーナ)について ダイジェスト版レポート」佐藤哲朗 

 を寄稿しました。長老がサンガくらぶで行った講義の前半部分をまとめています。

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6月28日に開催されたトークイベント、第46回サンガくらぶブッダガヤ大菩提寺を巡る対話』にて、インド仏教復活の大導師であられる佐々井秀嶺師(Bhadant-G Arya Nagarjuna Shurai Sasai)と夢の対面を果たしました!直々に拙著『大アジア思想活劇』への絶賛とダメ出しもしていただきました。

今年、もっともうれしかった出来事の一つに違いありません。ほんと、苦労して本を出した甲斐があったというものです。上手に座談をアシストして下さった中村龍海先生に感謝。望外の企画を組んでくれたサンガ島影社長と佐藤編集長以下スタッフの皆様にも感謝。三宝からのご褒美のようです。当日の模様は有料配信されているので、興味のある方は『ブッダガヤ大菩提寺を巡る対話』(サンガmovie) | サンガ公式通販サイトからの購入をご検討ください。上のトレーラー動画からも雰囲気は伝わると思います。

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すでに上記ブログで報告済みですが、8月末に拙稿「テーラワーダ仏教」の載った『日本宗教史のキーワード――近代主義を超えて』が刊行されました。

日本宗教史のキーワード:近代主義を超えて

日本宗教史のキーワード:近代主義を超えて

 

10月20日には、丸善京都本店での出版イベント「大谷栄一×菊地暁×永岡崇  <日本宗教史>をアップデートする!」にお邪魔して、吉永進一先生、大谷栄一先生はじめ編著者の皆様と歓談できたことはよい刺激となりました。

naagita.hatenablog.com

こちらも上記ブログ記事で報告済みですが、10月~11月にかけて佼成出版社ウェブマガジン『ダーナネット』にブッダの瞑想法をテーマにしたインタビュー連載が載りました。ありがたいことに、ダーナネットで今年読まれた記事第2位だったそうです。

アクセス数アップに貢献できて幸いでした。それにしても……いくら立正佼成会系列とはいえ、自社広告すら一つも入っていないダーナネットのビジネスモデルは謎です。今度、編集者の方と会ったら勇気を出して聞いてみようと思います。

倫理――理性と信仰 (サンガジャパンVol.31)

倫理――理性と信仰 (サンガジャパンVol.31)

 

12月25日に刊行されたばかりの『サンガジャパン Vol.31 特集:倫理――理性と信仰』の巻頭記事「仏教における倫理とは何か?」で、スマナサーラ長老の前座的な役回りで「仏教とジレンマ」という文章(講演文字起こしのていの書下ろし)を寄稿しています。10月11日に行われた「第51回サンガくらぶ」でしゃべった内容がもとです。このイベントも有料配信されてますが、拙論のあら捜しをしたい人以外にはおススメできません。記事のさわりはこんな感じです。

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一応、サンガさんも売り始めたばっかなのでスクショはここまで。手前味噌にも程がありますが、スマナサーラ長老のパートも含めれば特集記事のなかで一番面白いと思うので、ぜひ読んで、なんじゃこりゃ~となってもらえれば幸いです。

そんなこんなで、今年は自分の名前を出した仕事も多かったですね。来年はどうなるかわかりません。

2018年も「ひじる日々」をご愛読いただきありがとうございました。皆様がよい年を迎えられますようにと祈念いたします。

 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

2018年の仏教系その他お仕事回顧:ダウンロード販売開始・プライムビデオ進出・YouTubeチャンネル開設

続いて日本テーラワーダ仏教協会の出版広報部門として2018年新たに始めた試みを備忘録的に書いておきたいと思います(公式ホームページのリニューアルも迫ってるんですけど、それはまた追々)。

STORES.jpでダウンロード販売ショップを開く

j-theravada.stores.jp

2018年5月からSTORES.jpにオンラインストア「心を育てる初期仏教法話」を開いています。個人的には、町山智浩さんのストア「映画その他ムダ話」で音声データファイルを購入したりしてた経緯があって、ある日スマナサーラ長老の法話音声ファイルもこういう形で頒布したら面白いかもなと思いついたら、その日のうちにショップ開設できました。ほんとネットはすぐやるに限りますね。もう10年近く前から、協会に保存されていたアナログ音源のデジタル化を進めており、コンテンツは唸るほどありましたから。いまのところ、かつてカセットテープやCD-ROMで出していたダンマパダ講義などの音声でーたを1巻216円(税込)でダウンロード販売しています。(ちなみにPodcastが流行った頃には販売商品とは別に長老の法話音声データも無料で大量に配信していたのですが、レンタルサーバー会社から負荷上がりすぎとのクレームが入って泣く泣く削除したこともありました……)音声データの他には、DVD旧作の映像ファイルや、月刊機関誌『パティパダー』のバックナンバー合冊本も頒布してます。まだまだ認知度は低いですが、一定のユーザーはついてくれているので、来年も引き続き拡充したいと思っています。オンラインストア心を育てる初期仏教法話」へのお気に入り登録をぜひお願いします!

AmazonPrimeVideoに進出!

www.amazon.co.jp

こちらは2018年7月から。AmazonPrimeVideoDirectでスマナサーラ長老の初期仏教月例講演会動画を月に1タイトルのペースで配信しています。最新作は、Amazon.co.jp: 仏教の怪談 ほんものの恐怖とは?を観る | Prime Video 。プライム会員なら無料で視聴できるし、スマホアプリにダウンロードして持ち歩けるのでたいへん好評なようです。これも大量にある映像コンテンツから厳選して配信を続けていくつもりです。これもまだ知らない人も多いと思うので、全国の初期仏教ファンによる口コミなどでの紹介をお願いしたいところです。観た人はぜひカスタマーレビュー書いてね!

YouTubeチャンネル開設

www.youtube.com

YouTubeの「日本テーラワーダ仏教協会事務局」チャンネルはこの12月から本格始動したばかり。これまでは協会の動画配信はFacebookライブがメインだったのですが、ハンJ民の皆様の活躍によりYouTubeのヘイト動画もだいぶ少なくなってきたので、いっちょここらでYouTube進出するか、と思い立ったわけです。(Dhammacast のカテゴリーを辿っていただけばわかりますが、個人アカウントでスマナサーラ長老の法話動画を流していた時期もあるので正確に言えば「再開」ですね。)手始めにFoacebookのアーカイブ動画を編集したものを流していました。

youtu.be

とはいっても、Facebookライブの頃から引き続き予算はゼロ。機材は自前のスマホと事務所のPCに入れた映像編集ソフトだけです。しかし、動画制作楽しいですよ。ついに法話会録画の編集だけでは飽き足らず、スマナサーラ長老に直接インタビューするオリジナル映像シリーズも始めてしまいました。

youtu.be

youtu.be

YouTubeには字幕機能もあって(しかも自動生成してくれるんだけど、長老のイントネーションにはちょっと使えない……)しっかりした日本語字幕をつければ各国語への自動翻訳もしてくれるんですよね。これは布教伝道ツールとしてすごい!というわけで、YouTubeでの動画配信はこれから最重点分野として拡充していく所存です。だって楽しいから!長老にお聞きしたい疑問質問などある方、どしどしお寄せ下さい。あと、たいへん励みになるので、YouTube日本テーラワーダ仏教協会事務局」チャンネル登録をよろしくお願いします。励みになるだけではなく、登録者数と視聴時間が増えることで、YouTubeを使ってやれることの範囲も格段に拡がるんです。ぜひに!

というわけで、YouTube楽しい」しか言いたいことのない年の瀬でした。

 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

2018年の仏教書お仕事回顧:スマナサーラ長老の単行本(原始書籍&電子書籍)

さて、今年もあと二日というタイミングで一年のお仕事を振り返ってみたいと思います。スマナサーラ長老の言葉を通してお釈迦さまの教えを世に広めることが自分の大使命なので、当然その成果物がメインになります。

日本テーラワーダ仏教協会の月刊機関誌『パティパダー』の編集や施本制作はとりあえずのけました。あと、サンガさんの既刊電書化については、細かい校正以外はほぼ版元さんにお任せしているので割愛します。

ふりかえってみると、昨年に引き続きけっこう重要な本を上梓できたなぁ、という満足感のある一年でした。

原始書籍(紙の書籍)編

『観察――「生きる」という謎を解く鍵』ドキュメンタリー映画監督として『選挙』『精神』『ザ・ビッグハウス』『港町』などなどの「観察映画」作品を発表している想田和弘さん(最近は夫婦別姓を求める裁判でも話題になりましたね)と長老の対談集。長老の代表作『怒らないこと』に出会って人生が変わったという想田監督ですが、2016年に二日間行われた最初の対談収録(第一部に該当)ののち拠点のニューヨークでヴィパッサナー瞑想(マインドフルネス瞑想)のセッションを受けるんですね。そこで構成が固まりかけていた本の企画を仕切り直して、翌2017年に瞑想をテーマにした対談と瞑想個人指導の機会を設定したのです(第二部と付録に該当)。結果として、想田監督ご自身の「観察」の深まりを読者として追体験できるユニークな構成の本になりました。数多いスマナサーラ長老の対談本のなかでも、個人的に気にいっている作品です。

慈悲が世界を変える。 (サンガジャパンVol.30)

慈悲が世界を変える。 (サンガジャパンVol.30)

 

ちなみに、本書の出版記念イベント(長老と想田監督の公開対談)の様子は『慈悲が世界を変える――サンガジャパン30号』に収録されています。「ミッシングピースを探して――生命が「慈悲の本質」に気づく瞬間とは?」これまた素晴らしい内容なので、ぜひお読みいただきたいです。

慈悲の瞑想〔フルバージョン〕――人生を開花させる慈しみ

慈悲の瞑想〔フルバージョン〕――人生を開花させる慈しみ

 

『慈悲の瞑想〔フルバージョン〕――人生を開花させる慈しみ』は長老が提唱されているじっくり長文の「慈悲の瞑想フルバージョン」を段落ごとに解説したガイドブックです。慈悲の瞑想では、「わたし」「人々」「生命」といった概念(施設)とひとまず認めたうえで、それらの対象への親愛の気持ちを拡げていきます。心を拡げるというと大それた感じもしますが、具体的な言葉を念じるところから入るので、ヴィパッサナーはちょっと合わない、という方でもとりくみやすい瞑想(修習)でしょう。長く読み継がれ、実践されていってほしいと思います。

スッタニパータ 第五章「彼岸道品」

スッタニパータ 第五章「彼岸道品」

 

『スッタニパータ 第五章「彼岸道品」』4巻シリーズの第1巻です。ゴータミー精舎でのパーリ経典解説をもとにした作品。サンガジャパン連載が3篇、書下ろしが1篇です。以下、Twitterで書いたエモい文章を再録します。

スマナサーラ長老の新刊『スッタニパータ 第五章「彼岸道品」』第一巻がついに刊行されました。中村元博士の邦訳『ブッダのことば スッタニパータ』(岩波文庫)を通して、前世紀から「これこそ原始仏典」という評価が日本で定着したスッタニパータ(経集)。

文献学的に再古層とされる後半箇所のなかでも、ブッダと十六人の仙人たちとの問答で名高い第五章「彼岸道品(Pārāyanavagga)」。仏教のエッセンス中のエッセンスたるテキストをスマナサーラ長老が満を持して紐解くという、画期的シリーズの第一巻です。広く読まれているからこそ、皆「知ってるつもり」になっていたスッタニパータの凄みを引き出す長老の解説力は腰が抜けるほどの切れ味です。

こんな仕事は、かつてのブッダゴーサ長老を含め、他のどんな学識者にも為し得なかったでしょう。しかも、スッタニパータを「難解な教え」として我々の手から取り上げるのではなく、むしろ我々がリアルな「苦」を克服する導きとして、実践的に使いこなせるよう方便を尽くしてくださっているのです。真理の教えとは如何に偉大で親切なことか!

ゴータミー精舎での講義のスピード感を生かしながら、初期仏教のエキスパートたる著者の緻密な加筆を経た本書は、二十一世紀の日本を代表する仏典註釈になると確信します。思い起こすと二〇〇三年、私が長老の著作編集にたずさわった最初は『慈経(Mettasutta)』でした。慈経もまたスッタニパータ所収ですが、以来ずっと長老の本づくりをお手伝いしてきて、彼岸道品の解説書を出せたのは編集者冥利に尽きると思います。

自分はこの仕事をするために生まれてきたのだと、堂々と言い切れます。あとは、「自分はこの本と出会うために生まれてきた」と思ってくださる方が一人でも増えることを念じてやみません。

今年は、ほんとこれに尽きましたね。来年は第2巻も刊行予定です。残り3冊完結できるように、しっかり編集を頑張りたいと思います。

テーラワーダと禅――「悟り」への新時代のアプローチ

テーラワーダと禅――「悟り」への新時代のアプローチ

 

テーラワーダと禅――「悟り」への新時代のアプローチ』は藤田一照さんとの対談集です。サンガジャパンの連載をまとめたもの。藤田さん対談中は聞き手に徹してましたが、巻末の加筆ではテーラワーダ仏教について、禅仏教の立場からあれこれツッコミを入れてます。長老は華麗にスルーするという形で回答。食い足りない、という方もいれば、これでいいのだ、と得心する方もいるでしょうね……。

『こころおだやかにニャる ゆるねこ×ブッダの言葉』2018年に出した子猫×ブッダの言葉カレンダーがわりと好評だったようで、第二弾の企画が来ました。今回は毎月の言葉を「サンユッタニカーヤ(相応部)」の経典から採録・意訳しています。個人的には、『辛くてもマイペースで生きる 野良猫×ブッダの言葉』カレンダーとか作ってみたいんですけど、なかなか聞いてもらえません……

『一瞬で心を磨くブッダの教え――ブッダの教え3』サンガの既刊からテーマ別に文章を拾った名言集です。忙しい時にも拾い読みできるし、出典明記されてるので本書から長老の膨大な著作にアクセスするきっかけにもなるし、こういう「まとめ系」企画もけっこう大切だなと思います。

ブッダの瞑想と脳科学――心を一気に進化させる仏教の脳開発プログラム』こちらは類似するテーマを扱った協会施本『なんのために冥想するのか?』(2016)と『ブッダと脳―こころはどこで成長するのか?』(2017)を合冊再構成した作品です。協会会員向けのテキストが底本なので、語り口は厳しく理詰めでゴリゴリしてます。脳科学と瞑想に関する著作はいろいろ出てるけど、スマナサーラ長老のこういう直球ぶん投げる感じの本も一般書店に並んでいてほしいなと思って企画しました。

がんを治す心の力 (仏教と統合医療が語る、豊かに生きるための「心と体のメカニズム」)

がんを治す心の力 (仏教と統合医療が語る、豊かに生きるための「心と体のメカニズム」)

 

年末に刊行されたがんを治す心の力 ――仏教と統合医療が語る、豊かに生きるための「心と体のメカニズム」』の成り立ちについては、対談相手である小井戸一光先生のまえがきに詳しいです。長老の札幌講演を一貫してサポートして下さっている福士宗光さん(ケルプ研究所社長)や石飛道子先生(札幌大谷大学教授)とのご縁の賜物です。素材になった最初の公開対談は2012年に行なわれており、それから2013年、2016年、2018年と繰り返された対話の成果が熟成されて本になったのですね。医療従事者やがん患者さんとそのご家族の心に届く深い内容に仕上がったと思います。ちなみに、宗教やスピリチュアルに傾倒した医師(小井戸先生はその辺と一線を画しています)や研究者が口走りがちな「サムシンググレート」について、スマナサーラ長老は対談の中ではっきり否定しています。

仏教では、サムシンググレートがどうこう、ではなく、因果法則の結果、生まれたのだと簡単に説明します。因縁がそろったら、その結果にならざるを得ないのです。(202p)

生命はみんな非科学的な行為をしているだけです。生命とは、サムシンググレートというべきものではなく、誰かに管理されて、誰かの指令によって動いているものでもありません。「神が命じたので、私はあなたと恋に落ちることにしました」ということは、決して成り立たない。なぜならば、「あなたが恋に落ちたのはあなたの勝手で、私はあなたのことが大嫌い」という相手の反応もあり得るのですから。サムシンググレートか、神の指令であるならば、互いになんの異論も感じず相思相愛になるはずです。生命の仕組みを説明するときに使った、サムシンググレートという概念はどうかと思いますよ。(207p)

Samgha JAPAN(サンガジャパン) vol.29 (2018-04-25) [雑誌]

Samgha JAPAN(サンガジャパン) vol.29 (2018-04-25) [雑誌]

 

雑誌記事ですが、『サンガジャパン』vol.29にはスマナサーラ長老のスリランカでの講演録「苦しみは希望がつくる 」が掲載されています。サンジャパの他号については、別記事で。

電子書籍

それならブッダにきいてみよう

『それならブッダにきいてみよう』シリーズはAmazonKindleのオリジナル企画です。日本テーラワーダ仏教協会の月刊機関誌『パティパダー』に連載されてきたスマナサーラ長老のQ&Aコーナーから、テーマ別に昨年12月から刊行開始して、 こころ編1・2、人間関係編、教育編、ライフハック編、想実践編1・2の計7タイトルが出ました。来年には合冊版や新たなQ&Aをまとめた続編も出したいと思ってます。版元のウエスタパブリッシングさんのFBページで内容見本を読めますよ。

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スマナサーラ長老クラシックス

4作品まとめて並べました。Evolvingさんからは、底本の版元(学研、大法輪閣)に電書化の意思がないことを確認したタイトルの電子版を2016年から出してもらっています。おかげさまで好評なのですが、刊行時期が10年以上前のものも含まれるので、読者の利便性を考えて「スマナサーラ長老クラシックス」というシリーズ名に統一してもらった次第です。内容を改めて校正し直し、表紙も新たにデザインしています。あと何冊か、刊行予定があります。

もしかすると抜けがあるかも知れませんが、今年はこんな感じでありました。来年も良質な仏教書を世に出せるように精進してまいりたいと思います。

 

~生きとし生けるものが幸せでありますに~

 

2018年第三回「ひじる仏教書大賞」を発表――『朝鮮思想全史』『神道・儒教・仏教――江戸思想史のなかの三教』がダブル受賞!

年の瀬となってまいりましたが、今年も「ひじる仏教書大賞」を発表したいと思います。賞と名付けているからには、自分が直接かかわった本を選んではいけないという倫理観で臨んだのですが、今年はとにかくスマナサーラ長老の『スッタニパータ 第五章「彼岸道品」』シリーズを刊行できたことでお腹いっぱいになっちゃった感じはありますね。

スッタニパータ 第五章「彼岸道品」

スッタニパータ 第五章「彼岸道品」

 

Twitterでエモいこと書いてしまいました。

ホントに良い本なので、ぜひ読んでください。で、受賞作ですが、2作品です。まずは小倉紀蔵『朝鮮思想全史』ちくま新書

朝鮮思想全史 (ちくま新書)

朝鮮思想全史 (ちくま新書)

 

 読みどころについては、Twitterにメモったのでどうぞ

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それから森和也『神道儒教・仏教──江戸思想史のなかの三教』ちくま新書

神道・儒教・仏教 (ちくま新書)

神道・儒教・仏教 (ちくま新書)

 

こちらも読みどころをTwitterでメモりました。

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ちくま新書レーベルから2作品が受賞ですね。副賞とか特にありませんけど、おめでとうございます。(^^♪

仏教書大賞といいつつ、仏教「も」扱っている本を選んだわけですが気にしないでください。2タイトルとも、仏教のみに焦点を絞った書籍からは得られない豊富な知見を仏教書好きに与えてくれますので。東アジア諸国の仏教との相互関係、それと近世仏教史(日本の江戸時代)の見直し掘り起こし。この二つの視座(重なり合うところも多い)でもって日本仏教について考察していくことが、「近代仏教史ブーム」以降の仏教研究を豊かに耕すため必須になってくると思いますね、はい。

後者の近世仏教史については、早世された西村玲さんの遺稿集『近世仏教論』法蔵館も今年、刊行されました。ほんとはこの本に大賞を差し上げたかったのですが、西村さんのこと個人的にファンすぎて胸が詰まるのでやめました。『神道儒教・仏教』と併せて読めば、近世仏教という領域がいかに刺激的で豊饒な沃野かということが理解できてワクワクしてくると思います。

近世仏教論

近世仏教論

 

ちなみに、ちくま新書からは他にも仏教関連の面白いタイトルが出ていましたね。『仏教論争――「縁起」から本質を問う』は、宮崎哲弥さんが座談以外の仏教書単著に挑んだことで話題になりました。

仏教論争 (ちくま新書)

仏教論争 (ちくま新書)

 

読書メモはこちら。

 ウェブサンガに藤本晃さんの書評が出てて、たいへん勉強になるので併せて読んで欲しいです。

あと、さっきざっと読んだばかりだけど、吉村均『チベット仏教入門』も非常に良質な入門書だと思いました。

チベット仏教入門 (ちくま新書)

チベット仏教入門 (ちくま新書)

 

近代仏教学批判という文脈では、藤本晃さんの問題意識と(チベット系とテーラワーダ系という宗派の違いはあれども)共通していますね。前著『空海に学ぶ仏教入門 (ちくま新書)』を読んでいても思ったんですが、吉村均さんはたとえ話が巧みで的確なんですね。きちんと行に裏付けられた仏教理解であることの証左だと、個人的には思っています。

話が前後しますが、藤本晃さんの『部派分裂の真実――日本仏教は仏教なのか?3』では、佐々木閑さんによる『ごまかさない仏教』での名指し批判に名指しで反論しており、論争ラヴァ―のわいちゃん驚喜でございました。ぜひ立ち消えせずに議論が深まりますように。

部派分裂の真実 (日本仏教は仏教なのか? 第三巻)

部派分裂の真実 (日本仏教は仏教なのか? 第三巻)

 

 翻訳書では、サンガからリチャード・ゴンブリッチ浅野孝雄 訳)『ブッダが考えたこと――プロセスとしての自己と世界』が刊行されたことにまたまた驚喜。

ブッダが考えたこと ―プロセスとしての自己と世界―

ブッダが考えたこと ―プロセスとしての自己と世界―

 

ゴンブリッチさん、わりと寸止めな感じの書きっぷりなので、一読してすっきりできるカジュアルさは皆無です。でも、手元に置いてちょいちょい目を通すことで触発されることは多いはず。サンガジャパン最新号(31号)に載った拙稿「仏教とジレンマ」でもさっそく引用させてもらいました。

倫理――理性と信仰 (サンガジャパンVol.31)

倫理――理性と信仰 (サンガジャパンVol.31)

 

サンガからはスリランカにおける仏教哲学の泰斗『K. N. ジャヤティラカ博士論文集 第1巻――仏教社会哲学の様相/仏教観からの倫理』も出ましたね。

K. N. ジャヤティラカ博士論文集 第1巻 (仏教社会哲学の様相/仏教観からの倫理)

K. N. ジャヤティラカ博士論文集 第1巻 (仏教社会哲学の様相/仏教観からの倫理)

 

正直、これだけ読んでもなんだかよくわからないのですが、ジャヤティラカ博士がアーノルド・トインビーの仏教理解に反論したやりとりはその後の顛末がどうなったか気になるところです。

翻訳を担当された川本佳苗さんのウェブサンガ記事が超面白いのでおススメです。

川本さんはミャンマー留学中にセヤレー・スナンダとして出家修行されていたそうです。そのミャンマーの宗教省が刊行した『テーラワーダ仏教ハンドブック――ブッダの教えの基礎レベル』も今年、サンガから出ましたね。文字通り教科書的なテーラワーダ仏教のテキストとして、勉強になる内容もけっこう載ってます。

テーラワーダ仏教ハンドブック (ブッダの教えの基礎レベル)

テーラワーダ仏教ハンドブック (ブッダの教えの基礎レベル)

 

そんなところでしょうか? 毎年恒例の「ひじる仏教書大賞」記事でした。あとは年内に、今年のお仕事回顧的な記事を挙げるかもしれません。

あ、あとね。仏教書という枠には入らないけどリベラルアーツすげぇ!フェミニズムすげぇ!と思って目から鱗落ちまくったのは堀越英美『不道徳お母さん講座――私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか』河出書房新社ですね。

同書の第三章で検証される、現代国語教育における「ありのままは本当にありのままか」問題は、実は『神道儒教・仏教』で詳述された本居宣長の古典研究の誤読(あるいは先鋭的解釈)によりもたらされた日本的「心情のファシズム」が現代も生き続けている例だったりするわけです。

終わらなくなってきたところで、終わります。

 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

 

馬場紀寿氏、『初期仏教 ブッダの思想を辿る』岩波新書における「布施」トンデモ語源説を撤回

去る9月13日のブログ記事にて、

naagita.hatenablog.com

馬場紀寿先生、ダーナの訳語である布施の「布」を「(衣の)布」のことだと断言してる。これ誤解じゃないのかな?

と疑問を呈したTwitter書き込みを引用しました。

「布施」の件について辞書類を確認しましたが、「布(ぬの)をほどこす」という解釈は間違いで、「しき・ほどこす」が正しいようです。布施(ふし)は『莊子』など先秦時代(仏教伝来以前)漢籍でも使われて、後にダーナの訳語に用いられました。画像は、岩波仏教辞典、字通、佛教語大辞典の該当箇所。 pic.twitter.com/E7D5kVPEle

— nāgita #antifa (@naagita) August 24, 2018

この件、御本人にも直接メールしたものの返信がなく(その後、驚くようなリアクションにも遭いましたが、関係者にご迷惑がかかるので墓場までもっていきます)このまま黙殺する方針なのかな?と憂慮していたのですが、岩波新書編集部インタビュー「B面の岩波新書」にて、該当箇所を訂正(全削除)する旨の表明がありました。……さすが超一流出版社の岩波書店ともなると、幻冬舎とは違いますね。

www.iwanamishinsho80.com

【『初期仏教 ブッダの思想をたどる』本文の訂正】この場を借りて、校正で直しきれなかった誤記誤植を、お詫びとともに訂正させていただきます。
 p.6, l.3. brāhmana  ⇒ (正) brāhmaṇa
p.47図8 ブッダの出家 ⇒ (正) ゴータマの出家
p.113, ll.5–7. 「布施」と漢訳されたのは、 ⇒ (正) 削除
p.198, l.12. 英和 ⇒ (正) 英知
巻末p.2経典番号97. Dhañjānisutta  ⇒ (正) Dhanañjānisutta
著者の間違いではなく、編集者による校正ミスの訂正という形を取っていますが、本文に記載されていた「布施」語源に関する馬場氏の以下の解釈は全削除ということです。

「布施」と漢訳されたのは、出家者に衣の「布」を「施」すことが主要な贈与のひとつだったからである。

繰り返しますが、布施の「布」は布教や流布の「布」であって、「布(ぬの)をほどこす」という解釈は間違いです。正しくは「しき・ほどこす」という意味になります。布施(ふし)の語は『莊子』など先秦時代(仏教伝来以前)漢籍でも使われて、後にダーナdāna)の訳語に用いられました。

残念ながら『初期仏教』はまだ増刷されていないようで、書店には謬説を断言してるバージョンが出回っていますが、当該の岩波書店記事やこちらのブログ記事を読んだ方だけでも、誤解から解放されてほしいと思います。

(まぁ、手元にある漢和辞典を引けばいいだけの話なんですが……)

初期仏教――ブッダの思想をたどる (岩波新書)

初期仏教――ブッダの思想をたどる (岩波新書)

 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

インタビュー連載『ブッダの瞑想法――その実践と「気づき(sati)」の意味』完結

佼成出版社ウェブマガジン『ダーナネット』にブッダの瞑想法をテーマにしたインタビュー連載が載りました。4週連続で5回更新。誰かをインタビュー取材する仕事はけっこうやってきましたが、自分がされるのは初めてだったので、とても勉強になりました。

ライターの方は仏教に造詣が深く、二日にわたってのとりとめない話をよくまとめて下さいました。テーラワーダ仏教の瞑想入門としては、けっこう役に立つ内容に仕上がっていると思います。以下、リンクを張っておきます。未読の方はぜひどうぞ。

 

1.ヴィパッサナーと「気づき(sati)」について

www.dananet.jp

 

2.瞑想についての疑問あれこれ

www.dananet.jp

 

3.前編 瞑想で達する境地(主に預流果)について

www.dananet.jp

 

3後編 苦と苦の原因(渇愛)について

www.dananet.jp

 

4.その他の瞑想――「慈悲の瞑想」を中心に

www.dananet.jp

 

ちなみに、デブ隠しにしてはかっこよすぎる黒Tシャツは鍋横の「麵屋どうげんぼうず」グッズです。

dgbz.stores.jp

 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

仏教の基本的概念”saṅkhāra(行)”の多義性と解釈をめぐるプラユキ・ナラテボー師との論争――というか通仏教的な定説にもとづく誤謬の指摘

プラユキ・ナラテボー師というお坊さんとTwitterで仏教の基本的概念である”saṅkhāra(行)”の解釈をめぐって論争(とまでは言えるかわかりませんが論争的なやり取り)をしました。

実際のところ、論争になることは無くて、”sabbe saṅkhārā dukkhā 一切行苦”における「行」を「無明に基づく心の働き」とするプラユキ師の解釈が間違っていることは確定的なんですけど、私にはよく理解できないロジックと、「いいね!」を100以上もらってるから、というこれまた全く意味が分からない理由で、師が自説を撤回することはありませんでした。

プラユキ師は「ツイッターという場で対機説法をする際に」ということも強調されていましたので、ちょっと筆が滑っただけで、「いいね!」100以上ついたTweetをいまさら引っ込めるのも立場的に苦しいのかな?と思ったのですが……たまたま、ほんとうにたまたま閲覧した「ダーナnet」のインタビューでも、師は同じ「間違い」発言をされていたんですよね。

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日本では一般に「一切皆苦」という言葉が流通し、「『人生はすべて苦である』と悟るのが仏教である」などと解釈されています。でもそれってなんか救いようが無さすぎる感じですし、仏教を学ぶモチベーションにもあまり繋がらないですよね。ところでブッダも「生きることは苦しみだよ」ということを仰しゃりたかったのでしょうか?

ブッタは実際そのようには説かれていません。原文は「サペー(一切)・サンカーラ(行)・ドゥッカ(苦)」ですから「一切行苦」、無明むみょうすなわち真理を知らずに渇愛に染まった認知や行動はすべて苦しみにつながると仰しゃったのです。そして、こうした苦しみをめつする(克服する、あるいは超克する)道もある。すなわち、無明の闇を晴らしていく方法を説かれ、そうした道を歩めば、われわれ誰でもが苦しみを滅し尽くせると仰しゃったわけです。

もちろん、引用したセンテンスがすべて間違いということではありませんが、”sabbe saṅkhārā dukkhā 一切行苦”における「行」の解釈は明確に間違っています。

十二支縁起の「行」を「無明すなわち真理を知らずに渇愛に染まった認知や行動」とするのは、わかりやすい解説だと思います。釈尊ご自身が分別経(相応部因縁篇)で「行」の意味を「身行・口行・意行」と語釈されていますから。

しかし、”sabbe saṅkhārā dukkhā 一切行苦"の「行」は、広く「現象・作られたもの・形成するもの」を意味します。「無明すなわち真理を知らずに渇愛に染まった認知や行動」に限りません。

五蘊や十二支縁起の「行」で表している概念は、”sabbe saṅkhārā dukkhā 一切行苦"の「行」に包含される意味内容の一部に過ぎないのです。

ちなみに、筆者が東洋大学の印度哲学科「仏教概論」でテキストとして使った水野弘元『仏教要語の基礎知識』春秋社でも、saṅkhāra(行)の概念内容の広狭に注意するよう書かれています。

仏教要語の基礎知識

仏教要語の基礎知識

 

諸行無常」の行は最広義のものであり、五蘊の行はそれに次ぎ、十二縁起における行は最狭義のものである。(119p~)

関連するページ画像を貼っておきましょう。

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もちろん、プラユキ師のインタビュー(説法)は全体として有意義な内容だと思いますが、”sabbe saṅkhārā dukkhā 一切行苦"の「行」に関する説明は間違っているのでは? ということです。念のため。

 

仏教の正しい内容が長く伝わりますように、という願いを込めて、このエントリーを投稿します。

 

追伸:仏教用語の多義性ということでいえば、”sabbe saṅkhārā dukkhā 一切行苦"の「苦」を「苦しみ」と説明することの問題点にも触れないといけないんですけど、それをやりだすとキリがないので、今回はやめときました。

 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~