日経ビジネスのNBonline Associeで連載されている、勝間和代のニュースな仕事術の最新エントリ、
には、彼女の持論である「三毒追放」が説かれている。
世界経済が危機を迎えて生活不安が広がるなか、彼女は座右の銘たる「起きていることはすべて正しい」という認識で現状を受け止めよと勧める。客観情勢を悲観しても何一つ変わらないから、自分たちの「ライフスタイルを見直し」して、「どうしたらより長期継続的な社会を作れるかを考えた方が建設的」であり、具体的な解決策として、一人ひとりが「ワークライフバランスを実現するための『生産性の向上』」に努めることで、日本の社会も好循環を始めると述べる。そのために最も大切なのは、メンタル面の強さだとして、以下の「4つの技術」を推奨する。
(1) 潜在意識を120%活用する
(2) 即断即決の力をつける
(3) パーソナル資産を貯める
(4) 人と協調する力をつけるこの4つを実行していくと、「運がいい人」や「ツイている人」になれます。運が良ければ新しいことに積極的に取り組めるし、自分の力で新しい世界を切り拓いていけると信じられるようになります。
(1)の「潜在意識を120%活用する」具体的な方法として、私は「三毒追放」を勧めます。「妬む・怒る・愚痴る」という仏教の三毒をやめるのです。私たちの潜在意識には、これまでの経験などが膨大なデータベースとして蓄えられています。ここに新しい情報が入ることで、新しい行動を取ろうとします。ところが「妬む・怒る・愚痴る」という行動を取ると、入ってくる情報が歪み、必要な情報が潜在意識に取り込まれません。それどころか、考えない、行動しない言い訳に使われてしまいます。
三毒を追放すると、妬む暇があったら相手に追いつく努力をする、怒る暇があったら相手と問題解決を図る、愚痴る暇があったら現実を正しく見つめるようにするなど、行動が加速され、これまでの経験や持っている能力を最大限に発揮できるようになります。
これに対して、続・東龍庵雑事記に、
「妬む・怒る・愚痴る」という仏教の三毒などというものは、ないです。それはニセ科学ならぬニセ仏教といって宜しい。
仏教の三毒は、貪・瞋・痴(とん・じん・ち)であるが、「妬む・怒る・愚痴る」
ではないです。詳しく言うとこんな感じです。
貪・・・むさぼる、ものに執着する。「妬む」ではない。
瞋・・・怒って腹を立てる。
痴・・・本能や欲望のままに動いてしまい正しい行動が取れないこと。愚痴をいうというような
生易しいものではない。存覚*3は「痴が貪・瞋の元である」と述べている。
勝間氏の「三毒」と似ているのは「怒る」ぐらいですが、全く概念として違っているのです。
なぜ、勝間氏が三毒をこのように書き換えたのか?といえば、彼女が理想とする「相手に追いつく努力」「パーソナル資産を貯める」というのは、
本来の「貪」以外の何者でもないからでしょう。
この勝間氏のエントリは、非常に非仏教的です。
それは相手にこだわり、競争し、執着し、欲望の赴くままに行動しているにすぎません。
そんなことは生きていく上での「生産性の向上」につながらないよ、無駄だよ、
やめようねというのが仏教です。欲を少なくして、頭をクリアーにしようぜ、ということらしい。
ボクにはこのニセ「三毒」のようなウソを「仏教」というのは認められない。
「水伝」を科学というようなものです。
という批判記事が出ていた。大切な指摘だと思う。しかも参照して下さったのが『ブッダの智慧で答えます 生き方編』と来たもので。
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仏教の三毒は貪瞋痴(貪欲・怒り・無知)。仏教心理学では妬み(issaa)も後悔(愚痴,kukkucca)も「怒り」の不善心所に分類される。勝間氏は三毒のうち「怒り(瞋)追放」を言っているだけ。効果あるとは思うが誤解も招く。
後悔,kukkuccaを「愚痴」としたのは解釈だが、まぁ指摘すべき点はこんなものだろう。勝間さんがなぜ三毒=怒りのバリエーションと覚えたのか、初出は分からないが、
効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法
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ちなみに言うと、スマナサーラ長老の著書のなかで最も売れている(推計50,000部)は、『怒らないこと』(サンガ新書)である。
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なんと、勝間流「三毒」追放のススメである。分析すれば私たちが日常生活で「嫌な」気持ちになるのは「怒り」である。怒り=嫌なわけで、一般的に「こころの問題」として実感されやすいのは、ほとんどが「怒り」なのだ。そういう理由で売れたのだろう。
怒り=嫌は私たちの心の隅々に浸潤している。例えば、やる気が出ない、無気力、鬱、という精神状態にしても「嫌=怒り(瞋)」が機能しているから起こる。ちょっと内省すれば、生きている過程で「起こる」ことはほとんどは、自分の思い通りにならないと気づくだろう。思い通りにならないと、ふつう人は「怒る」のだ。極言すれば、起きていることに怒ってばかりいる、という状態は、生命にあらかじめセットされている反応なのだ。だから、生きるとは、ほとほと嫌なこと=苦なのである。
勝間さんの座右の銘を借りれば、「起きていることはすべて(一切行)正しい(苦)」だ。それが普遍的な真理である。生命にとって、「起きていることすべて」について「正しい」と言い得る内容は煎じ詰めれば「苦,dukkha」に尽きるからだ。
怒らないこと、というのは、現象に対する普通の反応(嫌=怒り)を止めることだ。かなり不自然な行為である。人間は、千日回峰行をするとか、断食するとか、片足で何年も立ったまま過ごすとか、題目を何万回も唱えるとか、そういった「不自然」は有難がるのだが、「怒らないこと」という不自然は避ける。しかし本当に崇めたてまつるべき「不自然」な行為は「怒らないこと」なのである。怒りを止めると、心には怒り(dosa)の対極にある喜び(piiti)の気持ちが生まれてくる。喜び(piiti)が生まれることで、活発性、積極性、落ち着き、冷静な判断力、といった能力も生まれてくる。当然、ものごとは上手くいく。「怒らないこと」を徹底すれば、
あせって悩む世の中で、
落ち着きを保って楽しく生きよう。
あせって悩む世の人々の中で、
落ち着いた人間として生きてゆこう。
(ダンマパダ199偈 スマナサーラ長老訳)
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という軽妙な境地が近づいてくるだろう。そういう人が増えれば、結局、世の中も助かるのである。ところで、仏教心理学の説く「怒り」は、勝間流「三毒」である「妬む・怒る・愚痴る」に限らない。スマナサーラ長老の『怒らないこと』19〜21頁によれば、経典から抽出される「怒り」グループは以下のようになる(パーリ語辞書に準じて語幹に戻した)。
- dosa ドーサ,瞋:暗い気持ち。眼耳鼻舌身意(六内処)で受けた情報を「嫌だな」と思う反応。様々な「怒り」グループの母。
- vera ヴェーラ.怨:dosaが強まって歯がみしたり拳を握り締めたり筋肉が震えたりという身体的兆候が現れるほどの強い怒り。
- upanaaha ウパナーハ,恨:恨み。いったん生まれたらなかなか消えずに何日でも何カ月でも一生でも続くしつこい怒り。
- makkha マッカ,覆:軽視する性格。いつでも自分を高く評価して、他人の長所を長所を軽視してみる性格。それも怒り。
- palaasa パラーサ,悩:張りあうこと。他人と調和して仲良く生きられない。いつでも他人と競争し、倒そう、打ち勝とうという性格。怒りに発する。
- issukaa イッサー,嫉:嫉妬。他人の長所を認めたくない気持ちで、そのエネルギーを自分の内心に向けて暗くなる。自分にないものに対して生じる怒り。
- macchariya マッチャリヤ,慳:物惜しみ。自分のもの(知識や能力も)を分け与えるのはイヤだという気持ち。俗にいうケチ。自分にあるものによって生じる怒り。
- dubbaca ドゥッバチャ,難説:反抗的な気持ち。健全な批判精神ではなく、「他人から学ぶ」ことを拒む性格。それも怒りから作られる。
- kukkucca クックッチャ,悔:後悔。自分の過ちを反省することではなく、過去の失敗・過ちを思い出してはウジウジ悩むこと。強いマイナスのエネルギーとなる、たちの悪い怒り。
- vyaapaada(byaapaada) ビャーパーダ,恚:激怒。異常な怒り。理由なしに怒りまくる精神状態、また理由はあっても並はずれて怒ること。キレてる心理状態。vyaapaadaは「十悪」の一つにも数えられる。
経典を調べると他にもあるかもしれない。アビダンマ(阿毘達磨)の不善心所のカテゴリ分けになるともっとシンプルで、南伝上座仏教では、瞋・嫉・慳・悔の四つにまとめられている(北伝仏教の倶舎論になるとまた分類が変わってくるがややこしいので触れない)。詳しくは以下の本を参照して欲しい。
心の中はどうなってるの?―役立つ初期仏教法話〈5〉 (サンガ新書)
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アビダンマ講義シリーズ〈第3巻〉心所(心の中身)の分析―ブッダの実践心理学
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アビダンマの「心所」については日本テーラワーダ仏教協会HPの
でも概要を紹介してある。瞋・嫉・慳・悔については、『AKUSALA-CETASIKA(アクサラチェ―タシカ):不善心所』(3)《怒りのグループ》 に説明が載っている。
アビダンマの不善心所「怒り」グループに勝間流「三毒」を対応させると、「妬む(嫉)・怒る(瞋)・愚痴る(悔)」という具合になる。抜けている慳(ものおしみ)についても、勝間さんは「ギブの5乗」ということで徹底した布施・利行の精神を説いているから、実質的にカバーしていると言えるだろう。なかなかどうして、「怒らないこと」に関する勝間さんの思想は、仏教的に分析してもかなりしっかりしたものなのだ。
とまれ、それは仏教の「三毒」の一つでしかない。繰り返すが「妬む・怒る・愚痴る」を「仏教の三毒」とするのは完全に間違っている。彼女があと二つの「貪り(貪)」と「無知(痴)」についてどう考えているかも、よく分らない。
だが実際問題、私たちが生きていて直面するトラブルのほとんどは、怒り(瞋)の煩悩に伴って起こっている、ということも事実なのだ。仏教徒として解脱を本気で目指すにせよ、別にそこまで考えていないにせよ、俗世間で生きる苦しみを逓減させ、充実感をもって死ぬまで生きるためには、怒りを制することが不可欠である。
「怒らないこと」は俗世間での成功や安楽のみをもたらす修行では終わらない。瞋(怒り)に徹底的に対治することで、最終的な解脱に達することも可能である。なにせ、最古の経典といわれるスッタニパータは次の偈から始まるのだから。
身体に入った蛇の毒をすぐに薬で消すように、
生まれた怒りを速やかに制する修行者は、
蛇が脱皮するように、
この世とかの世をともに捨て去る。
(スッタニパータ蛇の章1)
- 作者: 中村元
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〜生きとし生けるものに悟りの光が現れますように〜