佐々井秀嶺伝『破天』が新書化!

五千万人とも一億五千万人とも言われるインド新仏教徒の指導者、佐々井秀嶺師(Bhadant-G Arya Nagarjuna Shurai Sasai)の半生を描いた怒涛のノンフィクション作品『破天』(山際素男著)がついに光文社から新書化された。

破天 (光文社新書)

破天 (光文社新書)

宮崎哲弥が巻頭に短評を寄稿している。少々、自説に引き寄せすぎという気もしないではないが、

アジアの未来を展望する上で、最重要の
超大国であるインドの有力な宗教指導者が
日本人であることの意義に、
一人でも多くの人が気づいてほしい。

という帯の言葉には激しく同意する。二段組みで600頁近い大作。山際氏の作品を多く出版している光文社新書からとは言え、この出版は快挙と言っていいだろう。以前書いた、南風社版の『破天』(あっという間に絶版になった……)書評を以下に引用したい。

よみがえるインド仏教

 インドは仏教発祥の地として知られる。しかし歴史の転変を経てインド仏教は滅亡し、長らく「過去の存在」でしかなかった。そう、ついこの前までは…。

 人口10億を数えるインドにあって、80年代初頭まで仏教徒は1%に満たなかった。しかし現在では少なくとも5千万人、一説には1億5千万人もの仏教徒がインドにいるとされる。事実ならば、インドの仏教徒は人口の10%を超え、イスラームにも匹敵する大勢力だ。(現在、政治的配慮からインドの宗教人口統計は不明)

 宗教紛争が激化する現代社会では、かえって諸宗教の勢力図は固定している。インドにおける仏教徒の激増は、地球上を見渡しても極めて特異な現象だ。そしてこの歴史的大事件の渦中に、佐々井秀嶺という日本出身の僧侶(現在インド国籍)がいる。

 本書は長年にわたり佐々井師の身近でインド仏教復興運動を取材した著者が、佐々井師の破天荒な半生を描いた伝記だ。昭和10(1935)年、岡山の山村に生まれた佐々井師は16歳で上京し、紆余曲折ののち高尾山薬王院真言宗)で得度。生来の負けん気で激しい修行に明け暮れる一方、自らの「色情因縁」に煩悶して自殺の誘惑に駆られ、街頭の易者として人気を博し、新進の浪曲師としても名をあげる、とにかく振幅の激しい生を歩んだ。

 昭和40(1965)年、ひょんなことからタイ留学し、二年後インドへ渡った佐々井師は、かの地でインド新仏教徒(ネオブディスト)との運命的な出会いを果たす。彼らは、カースト制の底辺にあって差別と迫害を受けつづけた不可触民(アウト・カースト)であり、同階層出身のカリスマ的政治家アンベードカル(1891-1956 独立インドの初代法務大臣としてインド憲法を起草)の呼びかけで仏教に改宗した人々であった。

 新しいリーダーとの出会いは、停滞していたインド新仏教を俄然活気づかせる。釈迦成道の聖地ブッダガヤの返還運動、政府も手を出せなかった盗賊集団(ダコイット)の仏教改宗などを通じて、佐々井師はカースト・宗教による分断と相互不信に貫かれたインド底辺社会を、大衆演芸じみた義侠心によって突破していった。

 しかしそんな渦中にあっても、佐々井氏自身は相変わらず性欲に悩み、無茶な荒行で自らを傷つけ追い詰める不器用な求道者のままなのだ。真言宗で出家した身でありながら、南無妙法蓮華経の題目を唱え、請われればパーリ語のお経を唱える。必要とあらば、村人に取り憑いた悪霊とも取っ組み合いの喧嘩をする。そんな彼の周囲には、いつしか衆生平等を説く仏教という信仰(もとい生き方)を選び取った膨大なインド民衆が渦巻いていたのである。

 稀代の荒法師がインド亜大陸のダークサイドに足を踏み入れ、そこから民衆の仏性とでも形容すべき「精神の光」をつかみ出す過程は、心の震えなしには読めない。極東の快男子によって、新たに開幕したインド仏教復興活劇が、逆にこの日本を揺るがすに至る日も、そう遠くはないはずだ。

2001-04-19 / 佐藤哲朗khipu への投稿

佐々井師の活動を活写した最近の書籍としては、昨年末に出た『男一代菩薩道―インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺』(小林三旅)がある。2004年12月28日に放映された同名のテレビドキュメンタリー番組(フジテレビ系列NONFIX)ディレクターとして単身インド取材を敢行した著者(1972年生)が、約一ヶ月の取材記録に追加取材を加えて書き上げたノンフィクション作品。

男一代菩薩道―インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺

男一代菩薩道―インド仏教の頂点に立つ日本人、佐々井秀嶺

不可触民出身にしてインド初代法務大臣までのぼりつめ、インド憲法を起草して、インドに合理主義的解釈に基づく新しい仏教を創出したアンベードカルの伝記、『アンベードカルの生涯』(ダナンジャイ・キール光文社新書)

アンベードカルの生涯 (光文社新書)

アンベードカルの生涯 (光文社新書)

アンベードカルが最晩年に、その合理主義的な仏教解釈を全面的に展開した主著『ブッダとそのダンマ』も必読書だ。筆者は大学一年生の時に読んで、けっこう衝撃を受けた。光文社新書から出ている。佐々井師がハイテンションで独特のグルーヴ感のある面白い原稿を寄せているので、そちらもぜひ読んで欲しい。

ブッダとそのダンマ (光文社新書)

ブッダとそのダンマ (光文社新書)

そして、佐々井師の成し遂げつつあるインド仏教復興とブッダガヤ大菩提寺の奪還というビジョンを最初に描き、その実現のために生涯をかけたのが、拙著『大アジア思想活劇』の主人公たる、アナガーリカ・ダルマパーラなのである。決して手前味噌ではなく、『大アジア思想活劇』を読むことで、佐々井師の荒法師ぶりの意義がより深く理解できるはずだ。

大アジア思想活劇―仏教が結んだ、もうひとつの近代史

大アジア思想活劇―仏教が結んだ、もうひとつの近代史

『大アジア思想活劇』『アンベードカルの生涯』『破天』を通して読むとき、そしてそこから現代日本におけるスマナサーラ長老の活躍にまで思いをはせる時、仏教という世界宗教を中心に据えたアジア近現代史のパースペクティブ(眺望)が虚空より現前して、まじで鼻血が出そうになるのである。

〜生きとし生けるものに悟りの光が現れますように〜