国家と宗教・神になった人びと

国家と宗教 (光文社新書)

国家と宗教 (光文社新書)

『インド仏教はなぜ亡んだのか―イスラム史料からの考察』で仏教史研究者の度肝を抜いた保坂俊司氏の最新新書本。キリスト教・イスラーム・仏教・神道にまたがって「国家と宗教」についてまとめている。マイナーな光文社新書のラインナップ。しかも『国家と宗教』という書名もすごく地味なんだけど、内容はびっくりするほど刺激的だ。キリスト教とイスラム教を論じた第1章、第2章は図版や年表入れればそのまま宗教社会学の教科書にも使えそうなシャープな内容だ。第3章からは著者の真骨頂で、これまで顧みられることの少なかった仏教の政治哲学思想を積極的に評価する。アショーカ王の帝国において仏教が正統性獲得した背景をペルシャ文明からの影響まで視野に入れつつ論じる大胆さには仰天した。第4章では「天皇」号よりもはるかに一般的だった「院」号の意味を通じて、明治維新まで千数百年続いた『仏教国日本(仏国の中の日本)』における政治的正統性のあり方が明らかにされる。そして明治維新前後の「気の迷い」として軽視されてきた「廃仏毀釈」が実は日本の精神文化を「一新」してしまったこと、その影響の甚大さを靖国問題まで射程に入れて論じている。それも日本の特殊性に閉じこもるのではなく、仏教という普遍宗教を受容した国家に見られる「土着宗教による仏教の排除」という特有のパターンに位置づけながら、その日本における現れとして。なんとも視野の広い気宇壮大な著作なんだが、自ら「無謀」と覚悟しながら本書を世に問うた著者の問題意識の深さ(「おわりに」で明かされる)も生半可ではない。今年読んだ新書の随一に挙げたい一冊になりそう。

〈目 次〉
はじめに

第1章 キリスト教と政治
キリスト教とローマ帝国/中世における宗教と国家/近代における二つの原理/現代におけるキリスト教思想の展開

第2章 イスラームと政治
イスラームにおける世俗権力の変遷/政教一元:タウヒードの政治思想/イスラーム共同体論/イスラームの法体系/現代イスラームにおける共同体理論

第3章 仏教と政治
イデオロギーとしての仏教/ゴータマ・ブッダの政治思想/アショーカ王の政治と仏教/インド社会と仏教/文明としての大乗仏教/大乗仏教の政治哲学思想

第4章 日本宗教と政治
仏教と鎮護国家/天皇と仏教/仏教弾圧と神道ナショナリズム/明治維新と神道イデオロギー

ちなみに、

神になった人びと (知恵の森文庫)

神になった人びと (知恵の森文庫)

小松和彦氏の『神になった人びと』は、日本で「人を神として祭り上げる」宗教的行為の成り立ちと変遷を追った珍しい切り口の本。「文庫版序論 なぜ、人を神として祀るのか――「靖国の神」と日本人」と「文庫版あとがき たましいは、いかに祀ればいいのか」は力作で、今年、靖国神社について論じられた文章のなかで白眉だと思った。靖国神社の問題自体、個人的にまじめに考える気がまったく失せたので紹介し損ねたけど、読みやすい本なので『国家と宗教』と併せてぜひ手にとって欲しい。偶然だけど、こちらも光文社。もしかして、同じ編集者が担当したのかな?

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜