実語教(實語教)

昨日、調べ物をしていて偶然見つけた文章。「平安時代末から江戸時代末まで広く用いられた初歩の道徳書*」だと。

 「實語教」解説
 實語教は平安時代に成立し、鎌倉時代に普及した書物です。儒教色が強く、また対句構成で暗記がしやすかったため江戸時代の寺子屋の素読用教材として非常に普及しました。
 作者は弘法大師とされていますが確証はありません。
 福沢諭吉の「学問のススメ」にも實語教からの引用が見られたり、出だしの”山高きゆえに貴からず 木あるをもって貴しとす”の一文を捉えて”富士を見ぬ 奴がつくりし 實語教”という川柳が作られたりした面をみてもかなり普及していたようです。
 下の写真の本は文政三年に京都で発行された「文政新版實語教繪鈔」です。絵入りで解説も付記され比較的読みやすく構成されています。後半には「童子教」も掲載されています。(ほとんどの實語教の書物は童子教を含めた形で出版されています)*

ノンノン。全体を貫くのはれっきとした仏教道徳だよ。文書主義的な記述を除けば儒教的要素はほとんど見当たらない。『法句経(ダンマパダ)』など初期仏典から取られたブッダの教えによって一貫性のある道徳論がかっちりまとめられている。「四等(四無量心)」「七覚(七覚支)」といった言葉まで出てきて感動した。明治以降、捨てられてしまった教えということになろうが、道徳としての志からいったら、教育勅語など比較にならないレベルの高さだと思う。梅原猛先生はご存知かな?

  • 山高故不貴。以有樹爲貴。
    • 山高きがゆゑに貴(たっと)からず。樹有るをもって貴しと為す。
  • 人肥故不貴。以有智爲貴。
    • 人肥(ゆたか)なるがゆゑに貴からず。智有るをもって貴しと為す。
  • 富是一生財。身滅即共滅。
    • 富はこれ一生の財(たから)にして、身滅ぶればすなはち共に滅ぶ。
  • 智是萬代財。命終即隨行。
    • 智はこれ万代(よろづよ)の財にして、命終(を)はるともすなはち隨ひて行はる。
  • 玉不磨無光。無光爲石瓦。
    • 玉磨かざれば光無し。光無ければ石・瓦たり。
  • 人不學無智。無智爲愚人。
    • 人学ばざれば智無し。智無ければ愚人たり。
  • 倉内財有朽。身内才無朽。
    • 倉の内の財は朽つること有り。身の内の才は朽つること無し。
  • 雖積千兩金。不如一日學。
    • 千両の金を積むといへども、一日学ぶに如かず。
  • 兄弟常不合。慈悲爲兄弟。
    • 兄弟(けいてい)も常に(は)合はず。慈悲を兄弟と為す。
  • 財物永不存。才智爲財物。
    • 財物(ざいもつ)も永く(は)存せず。才智を財物と為す。
  • 四大日々衰。心神夜々暗。
    • 四大日々に衰へ、心神夜々に暗し。
  • 幼時不勤學。老後雖恨悔。尚無有所益。
    • 幼時勤め学ばずんば、老後恨み悔ゆといへども、なほ益するところ有るなからん。
  • 故讀書勿倦。學文勿怠時。
    • ゆゑに書を読みては倦むことなかれ。文を学びては怠る時なかれ。
  • 除眠通夜誦。忍飢終日習。
    • 眠りを除(はら)ひて通夜よもすがら誦み、飢ゑを忍びて終日ひねもす習へ。
  • 雖會師不學。徒如向市人。
    • 師に会ふといへども学ばざれば、いたづらに市人に向ふがごとく、
  • 雖習讀不復。只如計隣財。
    • 読むを習ふといへども復(ふ)まざれば、ただ隣の財を計(かぞ)ふるがごとし。
  • 君子愛智者。小人愛福人。
    • 君子は智者を愛し、小人は福人を愛す。
  • 雖入富貴家。爲無財人者。猶如霜下花。
    • 富貴の家に入るといへども、財無き人と為らば、なほ霜下の花のごとく、
  • 雖出貧賤門。爲有智人者。宛如泥中蓮。
    • 貧賎の門より出づといへども、智有る人と為らば、あたかも泥中の蓮のごとし。
  • 父母如天地。師君如日月。
    • 父母は天地のごとく、師君は日月のごとくなれども、
  • 親族譬如葦。夫妻猶如瓦。
    • 親族は譬へば葦のごとく、夫妻はなほ瓦のごとし。
  • 父母孝朝夕。師君仕晝夜。交友勿諍事。
    • 父母には朝夕に孝に、師君には昼夜に仕へよ。友と交はりては諍(あらそ)ふことなかれ。
  • 己兄盡禮敬。己弟致愛顧。
    • 己(おの)が兄には礼敬を盡し、己が弟には愛顧を致せ。
  • 人而無智者。不異於木石。
    • 人にして智無き者は、木石に異ならず。
  • 人而無孝者。不異於畜生。
    • 人にして孝無き者は、畜生に異ならず。
  • 不交三學友。何遊七覺林。
    • 三学(戒定慧)の友と交はらずんば、なんぞ七覚(七覚支)の林に遊ばん。
  • 不乘四等船。誰渡八苦海。
    • 四等(四無量心)の船に乗らずんば、誰か八苦の海を渡らん。
  • 八正道雖廣。十惡人不往。
    • 八正の道(八正道)は広しといへども、十悪の人は往かじ。
  • 無爲都雖樂。放逸輩不遊。
    • 無為の都は楽しといへども、放逸の輩は遊ぶまじ。
  • 敬老如父母。愛幼如子弟。
    • 老いたるを敬ふには父母のごとくにし、幼(おさなご)を愛するには子弟のごとくにせよ。
  • 我敬他人者。他人亦敬我。
    • 我、他人を敬せば、他人もまた我を敬せん。
  • 己敬人親者。人亦敬己親。
    • おのれ人の親を敬せば、人もまたおのが親を敬せん。
  • 欲達己身者。先令達他人。
    • おのが身を達せんと欲せば、まづ他人を達せしめよ。
  • 見他人之愁。即自共可患。
    • 他人の愁ひを見ては、すなはちみづから共に患(うれ)ふべし。
  • 聞他人之喜。則自共可悦。
    • 他人の喜びを聞きては、すなはちみづから共に悦ぶべし。
  • 見善者速行。見惡者忽避。
    • 善を見ては速やかに行ひ、悪を見ては忽ち避けよ。
  • 好惡者招禍。譬如響應音。
    • 悪を好めば禍を招く。譬へば響の音(こゑ)に応ずるがごとし。
  • 修善者蒙福。宛如隨身影。
    • 善を修せば福を蒙る。さながら身(かたち)に隨ふ影のごとし。
  • 雖富勿忘貧。或始富終貧。
    • 富めりといへども貧しきを忘るるなかれ。あるいは始め富めども終には貧し。
  • 雖貴勿忘賤。或先貴後賤。
    • 貴しといへども賤しきを忘るるなかれ。あるいは先には貴けれども後には賎し。
  • 夫難習易忘。音聲之浮才。
    • それ習ひ難く忘れ易きは、音声(おんじやう)の浮才にして、
  • 又易學難忘。書筆之博藝。
    • また学び易く忘れ難きは、書筆の博芸なり。
  • 但有食有法。亦有身有命。
    • ただし食有れば法有るがごとく、また身有れば命有り。
  • 猶不忘農業。必莫廢學文。
    • なほ農業を忘れざるがごとく、必ず学文を廃することなかれ。
  • 故末代學者。先可案此書。
    • ゆゑに末代の学者は、まづこの書を案ずべし。
  • 是學問之始。身終勿忘失。
    • これ学問の始めなれば、身終はるまで忘失することなかれ。

上のテキストと読み下しは実語教(続群書類従)_Taiju's Notebookから引用。読み下し部分(新字体に直した)は伝統的な読みと一致しないようだが、個人的にはいちばんしっくりした。

  • 不乘四等船。誰渡八苦海。
    • 四等(慈・悲・喜・捨)の船に乗らずんば、誰か八苦の海を渡らん。

これはモットーにしたい一言だなぁ。かつて日本も、ブッダの教えに導かれ「善い人間になるために学ぶ」世界だったのです。

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