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菩薩の伝承とジャータカ(本生集)


前回のエントリ*1では、大乗仏教とりわけ密教において発展した「法身」思想について考えてみました。


伝統的な仏教では、誓願をした菩薩が無限に近い時間「十波羅蜜」という修行をして、人間界に最後の生を受け、そこで無上正等正覚(むじょうしょうとうしょうがく)を得て仏陀となる、としています。これは日本の大乗仏教でも「常識」として受けいられています。


しかし大乗仏教思想が発達すると、この「凡夫→(誓願)→菩薩→(十波羅蜜行)→仏陀」という時間軸の努力による成仏の思想とは別に、「法身」と呼ばれる常住普遍の聖なる存在から時代や地域や人々の精神的レベル(衆生の機根)にあわせてブッダや菩薩が現世に流出する、という新しい形而上学が発生します。


この「法身」思想は真言密教を通じて日本に持ち込まれ、日本の宗教風土にも大きな影響を与えました。「神仏習合」といわれる日本独自の信仰や、『仏陀再誕』を吹聴するおかしな新宗教、そして『聖☆おにいさん』といったサブカルチャーにも、その影響は及んでいると言っていいでしょう。


密教の神々―その文化史的考察 (平凡社ライブラリー)

密教の神々―その文化史的考察 (平凡社ライブラリー)


とゆーところまでは、仏陀をめぐる日本の錯綜した宗教言説を分析するために考えた見立てなのですが、あまり不用意に日本文化論に踏み込んでも泥沼に足を取られそうなので、伝統的な、「凡夫→(誓願)→菩薩→(十波羅蜜行)→仏陀」という仏陀観についてもう少し説明してみたいと思います。


釈尊の滅後、数百年経った頃から、仏伝文学と呼ぶべき釈尊の伝記が編纂されはじめます。特徴的なのは、その始まりが過去世にさかのぼった形で記録されていることです。


のちに釈尊となる人物は、宇宙が発生しては消滅する宇宙の大サイクルが何度も繰り返されるはるか昔に、スメーダという行者として修行をしていたとされています。


伝統的な仏伝は、このスメーダ行者が宇宙が発生しては消滅する宇宙の大サイクルが何度も繰り返されるはるか昔に法を説いていた過去仏陀から「授記(口頭での認定)」を受けて菩薩(すなわち未来のブッダ)としての修行を始めるところからスタートします。スメーダに「授記」をしたのは過去二十八仏の第四にあたるディーパンカラ仏陀(過去二十五仏で記録される場合は筆頭)です。


ブッダのことば パーリ仏典入門

ブッダのことば パーリ仏典入門


小部経典に収録されているブッダワンサ(仏種生経)はディーパンカラ仏陀から釈迦牟尼仏陀にいたる二十五仏の伝記をまとめた注釈文献です。これはパーリ仏典のなかでも遅い時期(西暦5世紀頃)に成立した作品で、テーラワーダ仏教の信仰的な立場を離れれば、教典というより「仏伝文学」の範疇に入るべきものでしょう。


このブッダワンサのなかで、スメーダはディーパンカラ仏陀の行道を整える布施行に励み、最後には自分の身を泥土に横たえて、ブッダと弟子たちを渡そうとします。自らをなげうった布施行のなかでスメーダ行者は、「自らの煩悩を焼きつくし、一切智を完成してブッダになろう」という決意を固めます。それを察したディーパンカラ仏は、この青年は「無量劫を経た菩薩行によって、ブッダのなるであろう」と予言(授記,口頭での認定)します。


ディーパンカラ仏陀は、スメーダ行者が十波羅蜜を完成する最後の生において、

カピラと名づける美しい都から出家して、精進・努力し、苦行を行じて、アジャパーラ樹の下で乳粥を受け、ネーランジャラー河に至り、その岸辺で乳粥を食して、菩提道場に行って、アッサッタ樹の下で成仏するだろう。生母はマーヤーという名で、父はスッドーダナという名で、この者はゴータマとなろう。


と、どんな両親から生まれてどこで成道するかまで、指定しています。さらに、出家の二大弟子はコーリタ(大目連)とウパティッサ(舎利弗)、侍者はアーナンダ(阿難)、比丘尼の二大弟子はケーマーとウッパラヴァンナー(蓮華色)であること、代表的な在家の仏弟子も男女二人づつ指定しています。(仏種生経 第一仏ディーパンカラ品 春秋社ジャータカ全集1より)


ジャータカ全集〈1〉

ジャータカ全集〈1〉


これは仏伝文学のパターンで、ブッダ(正等覚者)となる者は、ブッダの面前で菩薩の誓願をして、ブッダから受記されることが必須条件になるのです。*2


この受記からはじまる菩薩の物語は、いくつもの宇宙の生滅をへた、スターウォーズ・サガが何十万回も再生できるほどの膨大な期間にわたる代物になってしまいます。


実際に南伝大蔵経の「経」のほぼ三分の一は釈尊の過去世物語を記したとされるジャータカ文献です(正確にはジャータカの物語は注釈書ですが)。一方、釈尊の滅後すぐに編纂が始まったパーリ経典のなかでは、釈尊はご自身の過去世について具体的なことはほとんど語っていません。ディーパンカラ仏陀の受記などという話も見当たりません。


ジャータカの大部分は、インドにあった民間伝承をジャータカというフォーマットに落とし込んだ教訓的な文学作品です。ジャータカはフォークロアの源泉として、イソップ物語やユダヤ民話と並んで、世界中に大きな影響を与えたのです。


しかし、その内容にどんな要素が含まれていようと、ジャータカは生まれ変わり死に変わり修行を続ける菩薩の事跡を紹介する、という形式によって一貫されているのです。そしてその事跡は、釈尊の時代(現世)にその教団で起きた様々な問題に関連付けて語られます。


この形式を維持するためのこじつけがひどすぎて、過去世エピソードと現世エピソードの辻褄が合わなくなっているケースも散見されます。実際にジャータカ全集を読んで、編集者がエピソードのこじつけにかけた苦心の痕跡を探してみるのも面白いと思います。


実は、この「菩薩」伝承というのは、経・律の結集によって比丘サンガに伝えられてきた釈尊の教えとは別ルートで仏教に流れ込んできたものではないか、という仮説が勝本華蓮博士によって最近唱えられています。ボーディサッタ(菩薩)という名称も、過去仏から受記を受けてブッダになることを目指す修行者という以前に、アンギーラサ(放光者)、デーワデーワ(天中天)などのように、聖人の偉大さを形容する称号のひとつだった可能性もあります。まぁ、これは余談です。


座標軸としての仏教学―パーリ学僧と探す「わたしの仏教」

座標軸としての仏教学―パーリ学僧と探す「わたしの仏教」


とまれ、ディーパンカラ仏の時代から無量劫にわたって菩薩行を行ってきたとされる人物は、菩薩としての最後の生を迎えるべく、兜率天という天界での準備を経て、「正念・正知をもって母胎に入」ります。インド大陸に位置する釈迦国において、スッドーダナ王の王妃マハーマーヤー夫人の子供として。これは多くのパーリ経典が共通して伝えている伝承です(DN16,MN123,AN04−127他)。


人間という生き物は、のちに仏陀となる者であれ凡夫であれ、両親が性行為した結果として妊娠する・母親の子宮に発生するわけです。最後の生に臨む菩薩が「正念・正知をもって母胎に入る」という表現は何となくユーモラスな感じを受けますけど、それが菩薩というものなのです。*3


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*1:[http://d.hatena.ne.jp/ajita/20090916:title=2009-09-16 なぜ『仏陀再誕』という言説が成り立つのか(法身思想と日本宗教)]

*2:ディーパンカラから続く仏陀の系譜において、釈尊は「ゴータマ」と称される。釈尊当時の宗教家も、彼を「ゴータマさん」「ゴータマくん」などと呼んでいた

*3:受胎に関する記述は、いわゆる『チベット死者の書』類と比較してみても面白いと思う