「草薙の剣」と仏教のナーガ信仰
佐竹昭広『古語雑談』平凡社ライブラリーをまたつらつら再読していて、草薙(くさなぎ)の剣 の語源は臭蛇(くそなぎ)というくだりに心惹かれた。
あ、この場合の”くそ”というのは、すげぇとか、恐ろしいとかいったニュアンスの形容詞だから、俗語の"ヤバい"とか、現代英語の"wicked"みたいな感じだろうね。
ナギ、ノギ、ノガなど蛇を意味する古語はインド・東南アジアに拡がるナガ、ナーガと同起源だ。私が昔、出家した際の僧名ナーギタ(nāgita)も、古代のインド社会で深く信仰されてきたナーガ(蛇神・竜神)に因んだ釈迦族の聖者の名前から取られている。
ナーガに因んだ名を持つ仏弟子・聖者は、ナーギタ尊者と同じく釈尊の侍者を務めたナーガサマーラ尊者、『ミリンダ王の問い―インドとギリシアの対決 (1) (東洋文庫 (7))』で有名なナーガセーナ長老、大乗仏教界の雄ナーガ ールジュナ(龍樹)菩薩など、数多くいる。
さらに、タイなどの仏像美術でよく表現されているように、神霊集団としてのナーガ族は成道直後の釈尊を雨風から守護した功績でよく知られる。
ヤマタノオロチの尾から生まれた草薙(くそなぎ≡怖るべきナーガ)の剣は、かつてこの列島を覆っていた蛇神信仰の継承者としての正統性を日本皇室に与え続けている。
それは日本文明が大アジアと称すべき広大なる古層の信仰世界と地続きであることを示している。
- 調伏されたナーガ神の痕跡として祀られる草薙の剣。
- 敬虔なる外護者たるナーガ神のうえで禅定を修する仏陀。
前者は狡智と暴力によって、後者は智慧と慈悲によって、古代文明を止揚した人類史のサンプルといえよう。前者の国に生まれた私だが、個人の人生は後者に依ることにしたわけだ。
~生きとし生けるものが幸せでありますように~