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2015年に出たスマナサーラ長老の本(2)協会のkindle本7タイトル

紙の本に続いて、2015年に出たスマナサーラ長老の本第二弾です。

日本テーラワーダ仏教協会で出したkindleキンドル)本7タイトルを紹介します。5月から、ほぼ月に1冊のペースで刊行しました。来年も年に8~10冊くらいのペースで出せればいいなぁと思っています。

こころのセキュリティ: 爆発寸前のあなたを幸せに導く「日夜の指針」 (初期仏教の本)

一年ほどお休みしていた協会版電子書籍(Amazonkindle)の再開第一弾。まるで原子爆弾のように取り扱いが難しい私たちの「こころ」を清らかに保ち、暴走して不幸に陥らないように簡単に守る方法とは? 本書で詳述される「日夜の指針」は、三帰依、慈しみの実践、不浄観察、死の観察をまとめた仏教の詩(偈、ガーター)です。意味とともに暗記して常に念じることで、人生を幸福へと導く最高のお守りになることでしょう。初出は、関西での法話をもとに宝泉寺から刊行された施本です。

目次:
第一章 あなたのこころは原子爆弾です
 「ご利益系宗教」の罪と罰
 あなたのこころを管理する専門家はいますか?
 一般的な宗教と仏教の決定的な違い
 人生の難問を引き受ける管理所
 あなたはスーパーマンになれるだろうか?
 あなたの人生に責任をもってくれる存在
 爆薬を抱え、あなたのこころは危機一髪
 妄想世界からの脱出作戦
 噂、無駄話がつくり出している汚染現象
 爆弾のスイッチを切る唯一の方法
第二章 こころの必須栄養素「日夜の指針」
 「日夜の指針」全文
 三帰依がこころに呼びかけるとき
 「慈悲の瞑想」のすばらしい効果
 「不浄随念」の実践
 あなたの常識は真理の非常識になる
 「私は美しい」「私はすばらしい」と思っている人へ
 これでもあなたは自分がすばらしいと思いますか?
 智慧の扉をひらく鍵をあなたへ
 「死随念」の不思議
 「死の観察」でこころは一八〇度変わる
 この世でもっとも確実なもの
 「智慧の泉」が湧き出すとき
 真理の言葉とこころの安定
おわりに

仏教の「無価値」論 (初期仏教の本)

” あなたにとって、価値とはなんですか?
 価値があるもの、ないものと区別できるものはありますか?
 かつて価値があったが、いま価値がないものはありますか?
 かつて価値がなかったのだが、いまになったら価値があるものはありますか?
 あなたにとって、価値あるさまざまなものの中で第一はなんですか?
 あなたにとって、絶対的に価値があると思うものはなんですか?

 ……このようなアンケートに答えてみると、自分の価値観が理解できると思います。
 仏教は、人間の限りのない苦しみの原因は、この価値観にあると説いています。”

人間を束縛する「価値観」の鎖を解き放つ、仏教の「無価値」論とは? スマナサーラ長老が仏道修行の真髄を示した2000年の法話を電子書籍化(初出は協会施本)。 

主要目次:
 真理の言葉(Dhammapada)より
 第一章 なにがゴミで、なにが宝物ですか?
 第二章 「ゼロ価値」で生きてみましょう
 第三章 ヴィパッサナー冥想をすすめるうえで
 付録 Q&A「無価値」は真理のキーワード

感覚について: ヴィパッサナー実践の道しるべ (初期仏教の本)

「感覚の観察」を通して、無常・苦・無我の真理を知り、一切の執着から解き放たれるための道程を記したガイドブックです。宝泉寺ヴィパッサナー合宿でのスマナサーラ長老ご法話『感覚について ~ヴィパッサナー実践の道しるべ~』と、パーリ経典講義『生きるとは「感覚」のこと Rahogatasuttaṃ(独坐経)を読む ~一切皆苦と「無価値論」の教え~』を収録しました。前述の『仏教の「無価値」論』と併せて、必読と言える内容です。

目次
1感覚について
  ~ヴィパッサナー実践の道しるべ~
◆認識とはなにか
 遺体と自分、なにが違いますか?
 遺体は五感が反応しない
 遺体には感情がない?
 私は「生きている」
 生きているということ、「命」のリスト
 こころは機能で場所がない
 仏教はこころの機能を研究する
◆自己都合の世界
 こころの認識は自分の都合による
 花はきれいですか?
 蛙はかわいいか、気持ち悪いか
 怒り、憎しみ、嫉妬も自分の肉体を守るため
 俗世間の知識は人格向上の役に立たない
 なんでもかんでも認識の世界
 世間の認識を超える
 ヴィパッサナーは超人の方法
 「都合による認識」をやめる
◆真理へのアクセスポイント
 こころは流れるもの
 最初に見ている(感じている)
 認識するより先に感覚があった
 感覚(ヴェーダナー)から始まる
 生きているということは感覚
 一切は感覚である
 感覚を感じながら実況する
 身体の苦しみとこころの苦しみ
 感覚は一定していない
2生きるとは「感覚」のこと
  ~Rahogatasuttaṃ(独坐経)を読む――一切皆苦と「無価値論」の教え~
◆「感覚は苦そのもの」なのか?
 「生きること」の事実と実感
 生命は感覚で生きている
 「感覚は変化する」という普遍の法則
◆「独坐経 Rahogatasuttaṃ」解説
 比丘の質問
 お釈迦さまの回答
 苦の説法は「無価値」論である
 お釈迦さまの解決策――感覚の滅
 感覚の止息と軽安

ブッダは真理を語る: テーラワーダ仏教の真理観とその変容 (初期仏教の本)

仏教徒にとって「ブッダの言葉」はそのまま真理を語る言葉である。ではなぜ、どのような理由でブッダの言葉は「真実語」と言われるのか? それは他宗教の信仰や神秘の世界とどう違っており、また似通っているのか? スマナサーラ長老がテーラワーダ仏教における真理観をその歴史的変容と併せて縦横に語った高野山大学での講演録と、関連するテキストを収録しました。

目 次

ブッダの言葉とは
  オープンチャレンジ宣言
  理性を完成したブッダ
  ブッダ以外、誰にもできない
  幸福になる正しい道

ブッダは真理を語る
 ~テーラワーダ仏教の真理観とその変容~
 ■「初期仏教における『真言』とは?」
  高野山大学での講演サマリー
 ■テーラワーダ仏教の真理観
  ブッダの真理を重んじる
  何にでも真理はある
  学者たちも真理を探している
  科学は真理に至っていない
  「科学の発展」がある未熟な段階
  唯一の神が在るかもわかっていない
  神への信仰と異なる仏教の「信」
  真理がわかれば悩み苦しみは消える
  もはや病気はたたりではない
  ブッダが語った、生きるとは何か
  生きるとは苦だと発見したけれど
  命は「尊い」ではなく「苦」
  呼吸のように苦から苦へ移る人生
  真理の効き目を自慢したブッダ
  真理は結果を出す
 ■神秘主義による変容
  ブッダの真理を認めたがらない
  人間が現れたときからある神秘思考
  神秘主義へのニーズに応える
  ブッダの真理が神秘扱いされる
  神秘のようで論理的な慈悲の実践
  祈っても無駄、慈悲を育てなさい
  宝経と慈経は唱える
  教えがご利益経典に
  神秘は役に立たない
  テーラワーダと大乗の類似点はある
  大乗から借りるテーラワーダ
  テーラワーダの真髄は解脱
  土着信仰などとの融合
  幸福のための三十二項目が祝福の経典に
  仏教は神秘でなく心の力
  テーラワーダと大乗の運命

真理と道徳は不可分離
 ~増支部経典Brāhmaṇasaccasuttaṃ(「バラモンの真理」経)を読む~
  釈尊、「遊行者園」へ行く
  遊行者の話題は「バラモンの真理」
  「バラモンの真理」とは
  第一の勝れた真理
  第二の勝れた真理
  第三の勝れた真理
  第四の勝れた真理

初期仏教の「女性・男性」論: 女性こそ社会の主役、男性は暇な脇役です (初期仏教の本)

「「仏教は女性差別の宗教である」と、時として言われます。比丘尼のサンガ(僧団)は比丘のサンガの管理下におかれ、礼を尽くすことになっている戒律なども、女性蔑視だと感じられる要因かもしれません。」(本文より)仏教はやはり女性蔑視なのか。女性、男性という性別について仏教ではどう考えているのか。現代人の常識で考えるとモヤモヤが残る難テーマに長老が切り込みます。

目 次
1仏教の女性論・男性論
 仏教は女性蔑視?
 仏教は男女平等には興味がない
 「男女平等」という発想自体が問題
 なぜ女性蔑視が生まれたか
 各民族の神はほとんど女神だった
 どんな「論」でも凶暴なら通用する
 勝手な価値観でつくられた社会
 なぜ女性は抑圧されるのか
 生命の本質は身体と心
 生命は皆、同じ
 男性、女性。その定義
 アビダルマによる「男」「女」解説
 生命はかならず、「男」か「女」
 性色の機能次第で性別は明確になる
 性色のはたらきは業にも左右される
 禅定は性別がなくなる
 「男性・女性」に関する仏教の結論
 心には性別がない
 「男らしい」「女らしい」に傾く心
 異性の性質は持っていない
 心の影響は身体にも現れる
 修行の場での男と女
 女性は出家したら管理できない
 解脱の境地に性別はない
2一般社会の女性論
 女性の辞書に「控えめ」はない
 女性差別主義者をつくるのは女性
 女性の優れた管理能力
 生む、育てる、守る
 優しさという管理
3一般社会の男性論
 男性は脇役
 暇な男性のやること
 男の役割
 男の勘違い
 「正等覚者」はなぜ常に男性か
 それでも男は惨め
4男女論から生命論へ
 異性は理解できない
 「相手を理解している」という誤解
 他の生命を理解する方法
 男・女ではなく、生命として生きる

智慧と慈悲の開発レッスン: 過去に悩まず、未来を期待せず、現在に生きる シリーズ心を育てる本

「生きる上で「損か、得か」と勘定することは必要でしょうか?
 一般的に、「損得を計算して行動することは、わがままで汚いこと」と思われがちです。そう思うのは、世の中の仕組みをあまり理解してないからではないでしょうか。実際のところ、私たちは「損得」を考えずに生きていられません。
 なぜなら、人間関係というものは基本的に「損・得」、あるいは「与える・得る」の関係で成り立っているからです。」(本文より)
 ブッダの智慧を日常生活に活かし、こころを成長させる実践マニュアルです。俗世間で幸福に生きるための「損得勘定」を詳述した第一部と、相対論と価値判断の問題を論じつつ「悟るまでどう生きるか?」という観点で道徳と慈悲の実践を示した第二部で構成されています。

主要目次
第一部 損得勘定の智慧
 1ギブ・アンド・テイクの法則
 2人生はモノの流れの交差点
 3正しい価値判断能力
 4こころを豊かにする勘定法
 5幸福の見積書
 6在家者が豊かになるために
第二部 智慧の開発
 1こころが起こす錯覚
 2長いと短いはどうやって判断するか?
 3三つの真理
 4過去に悩まず、未来を期待せず、現在に生きる
 5最高の楽しみ

「宝経」法話: Ratanasuttaṃ

これまで施本として頒布されてきた『「宝経」法話』(第二版)が、アマゾン・キンドルより電子書籍としても発売されました。「宝経 Ratanasuttaṃ(ラタナスッタン)」は仏法僧の三宝たる由縁を語る仏教の基本経典のひとつです。釈尊在世当時から護経として人々に親しまれ、現在でもテーラワーダ仏教圏の法要では必ず唱えられています。本書では、この「宝経」をパーリ語の原典に即してスマナサーラ長老が一偈ずつ丁寧に解説して下さっています。ブッダの教えのエッセンスを知ることができる最適の入門書だと思います。スマホタブレットに携帯して読んでいただければ幸いです。

目 次
 序章
  経典の因縁物語
  幸不幸は連続する
  悪霊はほんとうにいるの?
  生命は互いに依存する
  仏教の教える「霊的存在」
  霊などまったく気にしないこと
  ヴェーサーリーに赴いた釈尊
  仏法僧とは何かを教える経典
 第一偈
  霊たちへの祝福
 第二偈
  お釈迦さまの命令とは
 第三偈
  ブッダの言葉は最強の力を持つ
  祝福の効果
 第四偈
  ブッダの覚りの内容
 第五偈
  覚りのサマーディについて
 第六偈
  サンガとは誰のこと
 第七偈
  阿羅漢たち
 第八偈
  こころ揺らがない預流果の弟子たち
 第九偈
  安心を確証された預流果
 第十偈
  預流果は理性の達人
  理性が現れた人の利得
  重罪は犯せない
 第十一偈
  預流果は言い訳をしない
 第十二偈
  ブッダの教えは咲き誇る花々のように輝く
 第十三偈
  唯一偉大なる言葉
 第十四偈
  完全たる自由(阿羅漢)
 第十五偈~第十七偈
  霊たちの礼拝と祝福
 おわりに

 ~生きとし生けるものが幸せでありますように~