勝間和代「三毒追放」をめぐって(2)勝間流「三毒追放」のルーツ
※2009-01-14勝間和代「三毒追放」をめぐって(1)仏典・辞典・事典に記された「三毒」 の続きです。
「怒る、妬む、愚痴る」という「三毒」追放の提唱者として知られるようになった勝間和代氏は、その独特の「三毒」をどこで知ったのだろうか?
昨年末来、このブログ上で本来の「仏教の三毒」は「貪・瞋・痴(痴)、貪欲(むさぼり)・瞋恚(いかり)・愚痴(無知)」であることを何度も指摘してきたが、相変らず「仏教の三毒」イコール「怒る、妬む、愚痴る」だと信じ込んだままの人は多い。彼女の言説の影響力の大きさを実感させられる。
もちろん勝間和代氏は、自分自身で仏典を読んだり、夢中に啓示を受けたりして「三毒追放」を発明したわけではない。ある一人の異色の知識人の著書から「三毒追放」を知ったのである。勝間氏が自身のブログで「三毒追放」を紹介した最初の記事、
の本文には、「すると、下記のサイトに、なぜこの三毒が体に悪いのか、科学的に答えてくれるページがあったので、おもしろいのでリンクをさせていただきます。」として、
へのリンクが張られている。
仏教では知恵をなくす三つの毒を三毒という。これは、怒ること、ねたむこと、愚痴ることの3つである。そして、創造工学の中山正和先生が面白いことを指摘されている。心理学で有名なエビングハウスの忘却曲線と絡めて、この3毒追放の意義を解いておられる。
川喜田二郎のKJ法と並ぶ発想法メソッド「NM法」を発明した中山正和氏の名前が出てきた。中山氏は、工学禅の提唱者としても一部に知られている。
勝間氏の新刊『起きていることはすべて正しい』(ダイヤモンド社*1)第2章にも、彼女が「三毒追放」を知ったきっかけが記されている。
起きていることはすべて正しい―運を戦略的につかむ勝間式4つの技術
- 作者: 勝間和代
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
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■「三毒追放」は、最も簡単な潜在意識活性化法
また、潜在意識を活用するために、前から推奨しているのが「仏教の三毒追放」です。すなわち仏教が三毒として明示している、「妬む、怒る、愚痴る」をやめてみること、「妬まない、怒らない、愚痴らない」という行動パターンを作ることです。
私が三毒追放の言葉を初めて知ったのは中山正和さんの『洞察力――本質を見抜く「眼力」の秘密』(PHP文庫)という本でした。
他の内容はほとんど覚えていないのですが、この三毒追放のエピソードだけは強烈に覚えています。ポイントは、本当は般若心経を唱えたいのだけれども、それだと長いので仏教の三毒追放で代替してみた。そして、自分だけではなく、競馬の予想記者など周りの人にも試してみてもらったら、予想の制度が上がったという話が載っていたのです。
これは面白そうだと思って早速マネしてみたところ、やみつきになるほどの効果があったので、それ以来、自分で心がけるだけではなく、いつでも、どこでも、推奨するようになりました。(上述書 p.127-128)
洞察力―本質を見抜く「眼力」の秘密 (PHP文庫 ナ 1-1)
- 作者: 中山正和
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 1988/02
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ここで出典として挙げられている『洞察力――本質を見抜く「眼力」の秘密』は1983年1月にPHP研究所から刊行、1988年2月に文庫化されたが現在は絶版である。近隣の公共図書館に蔵書がなかったため、中野区の図書館から取りよせてもらった。
『洞察力』などで開陳されている中山正和氏の仏教観は彼自身の発想法研究と参禅体験、『正法眼蔵』、『法華経』、禅語録や唯識思想の概説書など雑多な仏教書から得た断片的知識を彼自身の「ひらめき」でつなぎ合わせたもので、仏教の常識からはかけ離れた独特の体系化がなされている。
驚くべきことに、中山氏は大乗経典『法華経』を釈尊の死後「初期にまとめられたもの」と信じ込んでいた。仏教史の本は一切読んだことがなかったらしく、漢訳阿含やパーリ・ニカーヤといった初期仏教経典は、存在さえも知らなかったようだ。
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『ブッダのことば―スッタニパータ』など一連の中村元の初期経典翻訳が岩波文庫に入り、増谷文雄による『阿含経典』シリーズや、友松圓諦の『法句経』(ダンマパダ)関連書も流通していた1980年代後半に、その存在をまったく知らない人物がPHPという大手出版社で「仏教」について論じる本を出版していたことは驚きだ。いわゆる人分系の知識人の情報空間の情報空間と、「実業」系の人々のそれと断絶はそれほどまでに深いものだったのだろうか。
中山氏は『洞察力』で八正道の「正定」を「正常」と書いている。当然、単純な誤記である。私の手元にあるのは文庫版初刷(1988年2月)から1年3ヶ月経った4刷だ。単行本からは5年も経っている。普通、書籍は増刷するたびに誤記の確認を著者にお願いするものだから、中山氏も担当編集者も、八正道の「正定」の正しい表記を本当に知らなかったのかもしれない。
仏教のイロハのイである八正道すら書き間違えている著者が(当時の)脳科学などの知見と結びつけて嬉々として仏教を論ずる姿はいくらなんでもこっけいである。*2
ただ、中山氏は仏教総合誌『大法輪』昭和61(1986)年1月号*3に「色即是空、空即是色」と題して寄稿した記録も残っているので、彼の珍奇な仏教論も、時代の文脈で読めばそれなりに意味のあるものだったのかもしれない。
次回は中山正和氏の唱えた「三毒追放」について検証してみたいと思う。これはなかなか一筋縄ではいかない。
〜生きとし生けるものに悟りの光が現れますように〜
*1:同社は浄土真宗本願寺派の委託で季刊誌『ジッポウ』を出すなど仏教界とも縁がある版元だが、看板雑誌『週刊ダイヤモンド』2008年新春号の特集「寺と墓の秘密 誰も知らない巨大ビジネス」で伝統仏教の「衰退」を示す証拠として大々的に示された統計グラフが問題ありの代物であることは本ブログ[http://d.hatena.ne.jp/ajita/20080109/p1:title=2008-01-09 週刊ダイヤモンド「寺と墓の秘密」がかなり変]で指摘しておいた。
*2:中山氏の名誉のために付記するが、後に出された著書ではきちんと「正定」と記されている。
*3:http://www.daihorin-kaku.com/magazine/image/mokuji-syowa61.htm