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冥想がうまくいかない時/冥想で周囲の反応が変わった?(スマナサーラ長老の法話より)

ひじる日々 法話メモ スマナサーラ長老

■Q冥想がうまくいかない時がある。どうすれば?

 

冥想で、手抜き思考はたいへん危険です。俗世間では完璧主義はいけないというが、仏教の冥想では短い時間でも文句なしに完璧にやらないといけない。完璧主義をうまく使うことで成長する。形だけ、一生やっても意味が無いんです。時々、私は三ヶ月間で◎◎時間瞑想したのに……云々と報告してくる人がいるが、(その場では黙っているが内心では)『ダメだこりゃ』と思う。形式的に何時間やったとかデータ集めてきても意味が無い。うまく行かなくても形だけやるぞ、というのはあまり良くない。ほとんどの人はそうなる。仏教の連中もそうなんです。形ばっかしなんです。ブッダは違います。ブッダはすごく大胆で、形とか形式とか気にもしない。時々、出家もしていない人を『この人は比丘だよ』と認めたりした。ブッダは形よりは中身だよと。頑張っているか否か、ではないんです。『頑張りましたね、ご苦労さん』はブッダは認めません。『あなたは何か結果を出したのか?』ということ。子供がゲームして遊び呆けていても、テストで満点取ればOKでしょ?どれくらい時間をかけたか、ではなく、結果を出したか否かです。

 

■Q冥想してきて、周りの人々の自分に対する態度が変わった。コミュニケーションがうまくとれて、これまで自分をいじめていた人々も、いろんなことに進んで協力してくれるようになった。これは何故か?またこの状態はどうすればキープできるのか?

 

自分が何を観たか、によって自分の反応が変わります。自己管理はしていない。恐怖映画を観て怖くなった、というのは自己管理していない。失恋映画を観て泣いちゃったら、それも自己管理していない。周りの人は、貴方を見てそれに相応しい反応をしたということ。(あなた自身が変わったから、という言い方もできるが…)対象によって心が変わるんです。貴方をいじめていた人々にとって、あなたは対象であって、貴方を見るたびに苛めたくなった。花を観たら、きれいだなと思う。怖いものを観たら、怖がる。怖いもの、綺麗なもの、とラベルを貼っても、実際は自分の心がどう反応するかを言っているだけ。「花が綺麗」というのは、花が綺麗ではなく、「花を見て自分の心に喜びが生まれた」ということ。韓流スターを見て、日本のおばちゃんたちがギャーギャー興奮する。対象を見るたびに心が興奮してしまう。それも性別や年令によって対象への反応も変わる。周りの人が自分を見て心が動揺する、その動揺の仕方が自分にとって嫌だなと思ったら、自分が変わるしかない。自分が瞑想したら、周りも精神的に成長した、ってことではない。冥想して変わった自分に対して、周りには(協力したりするより)他の反応ができなくなったのです。つまり、自分が変わったということなんです。対象によって人の心のアプローチが変わるんです。二番目の質問への答え。貴方もずーっと理性で生きるようにと瞑想を続けないといけない。人生を感情優先にしてはいけない。理性優先で生きていくこと。そうすれば大丈夫だと思います。

(2011年12月23日ゴータミー精舎法話と冥想の会Q&Aメモより)

 ※Facebookのノートにメモしていた文章をブログで順次公開していきます。 

自分を変える気づきの瞑想法【第3版】

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~生きとし生けるものが幸せでありますように~