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大乗仏教やジャータカは「妄語」?(スマナサーラ長老の法話より)

 

Q大乗仏教を説いてきたのは「妄語」か?

 

大乗仏教といっても何ものかと誰も知らない。あまりに広大でハチャメチャな世界です。(中観派唯識派の概要について…略。)(大乗仏教の根本的な哲学を構築した)龍樹は経典を作っていない。彼は嘘はついていないんです。後で作った嘘の経典でも何かポイントがあればいいんですけど……それを探そうと思って大乗経典を読むと気持ち悪くなる。HKKなん言いたいことがない。そうとうな阿呆です。この経典を誹謗したらタダじゃおかないぞと、それは仏教徒が言うべき言葉じゃない。HKKなどがインチキ経典なのは明確ですが、微妙に言いたいポイントが読み取れる古い大乗経典もある。

 

あと、ブッダは呪文に断言的に反対です。言葉に力があるのは、言葉に意味がある時です。意味が取れないような何か怪しい言葉を並べて呪文をつくる。私にもいくらでも呪文つくれます。私が詐欺師だったら儲けるのは簡単です。サンスクリット語もそれなりに知ってますから。「あなたにはこれこれの特別な呪文をあげます。これは他人に言ってはならない。ただであげても効き目がないからお金頂戴」と言えば。そうすると相手はすでに宗教的な暗示を受けている。ネガティブ暗示がポジティブ暗示に切り替わっているからだいたい上手くいく。だからやってもいい、ということにならない。人を騙しているんだから。人をバカにしているんだから、仏教徒なら絶対やってはいけないこと。

 

TM瞑想でも、知識人を引き入れて、秘密のマントラを授ける。彼らもTM瞑想なんか意味が無いと分かっていて、私のところに来ることもあるが、秘密のマントラだけは教えてくれない。洗脳を解いてあげるとそのマントラを言うようになる。ブッダは呪文を断言的に否定したけれど、呪文だけでできている大乗宗派もある。

 

大乗仏教というのは広大な世界ですけど、総じて言えるのは一つも役に立たない。ブッダの教えが生き延びてきたのは人間の役に立つからです。大乗仏教は役に立たないから、生き残るのはけっこう大変です。中国人は迷信大好きだから残っている。日本では文化としては保護されているが、ほとんど相手にされていない。大乗仏教を説いてきた人たちは、嘘をつくつもりはあったかなぁ?と疑問です。ただ自分の信仰しているものを守ろうと必死に頑張っただけでしょう。

 

Q:ジャータカ物語で動物が人間と話したりするのは方便?あれも釈尊が話したというなら、釈尊が妄語をした?

 

A:私も子供のころ、これって怪しいなぁと思ってましたw しかし、お伽話で教えるというのは、れっきとしたインドの教育手段です。お釈迦様はその教育手段をじりじりと使ってエピソードで語られただけ。大切なのは、文字通りそのとおりと受け取るのではなく、何が言いたいのかという教訓を受け取ることです。インド文化ではストーリーをもちいるのは当たり前。何でもストーリーを使って語ると分かりやすい。忘れられない。

 

ストーリーがあった方が分かりやすい、という人間の状況があるんです。そこでジャータカではたくさんの物語を語っています。ジャータカには人間だけが関わっている物語もたくさんあります。月のウサギの物語も、人間に善行為をしなさい、という教訓を教えるために使っている。しかし、ジャータカ物語はのちのちに注釈書で作られたものです。(経典として残っている)ジャータカ本文はたいへん古い韻文で、お釈迦様が、当時のインドの詩文学の中で道徳を犯さないなものを選んでまとめたんです。

 

ハリーポッター』シリーズも、魔法学校が本当にあるかというのはどうでもいい。あれは、ローリングサンガ母親として、母が息子に語る物語なのです。敵役にしても、ハリーポッターが殺したわけではない。母は息子にそんなことしてほしくないんだから。母親が子供に語っている物語だから、息子があらゆる苦しみを乗り越えてまともな立派な人間になってほしい、という願いで書かれた話なんです。あれを聖書に反しているから禁止しろ云々というのは話にならない。魔法のアイテムもストーリーに必要だから入っているだけ。(作品論、略)現代ではハリーポッターは子供たちにしっかりした生き方を教える本になってます。

 

 (スマナサーラ長老との質疑応答メモ 2011年11月23日ゴータミー精舎にて)

 

Facebookのノートにメモしていた文章をブログで順次公開していきます。

スマナサーラ長老と読む お釈迦様の物語「ジャータカ」

スマナサーラ長老と読む お釈迦様の物語「ジャータカ」

 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~