仏教を知るキーワード【20】ジャータカ ~ブッダの前生物語~

8つの特徴

ジャータカ(本生)はブッダの前生での波羅蜜行を記録したとされる説話文学集である。ジャータカというとすぐに「物語」が連想されるが、パーリ三蔵の場合は、経典の扱いをされているのは偈(ガーター)という詩の部分のみ。この詩を「注釈」する形で綴られたのが、いわゆる『ジャータカ物語』となっている。ジャータカの偈だけ羅列しても意味が通らない箇所も多いので、ジャータカは必ず、注釈書を併せて読むことになる。通読すると、ジャータカには次のような基本的な特徴があることが読み取れる。

1)ブッダはだいたい祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)に滞在している。2)サンガの人々の間で、何か事件が起こる。3)ブッダがその事件を知って当事者を問いただす。4)事件を聞いたブッダは「過去にもこんなことがあった」と事件にまつわる自身の過去生を語る。5)物語の舞台は「むかし、バーラーナシーの都でブラフマダッタ王が国を収めていたとき」と決まっている。6)物語の肝心どころでジャータカ本文の偈が挟まれる。他にも関連した偈が挿入されることがある。7)物語は最後に「そのときの事件の当事者は、現生の当事者の某であり、事件を解決した(または傍観していた)某は私、つまり菩薩時代のブッダであった」という決まり文句で締められる。8)ブッダの家族や直弟子たちは、過去生でも家族や主従関係にあったとされる。例えば、善玉はアーナンダ尊者やマハーカッサパ尊者など釈尊教団のVIP、悪役としてデーヴァダッタやコーカーリカといった悪比丘が配される。

550の物語?

パーリ仏典のジャータカには547の物語が収録されているが、実際には「この物語は○○の物語で詳しく述べられるだろう」として省略されているものもある。ジャータカの序説には、パーリ語で遺された仏伝物語として有名な3種の因縁物語(ニダーナカター)が置かれている。550という語呂のいい数に合わせたかったのかもしれない。

500以上の説話からなるジャータカ物語は極めて多様なテキストだ。他の仏典に比すと、女性蔑視、カーストの擁護など古代インドの価値観に迎合した物語が多いのも特徴となっている。

菩薩は「嘘」だけはつかない

菩薩は四阿僧祇十万劫という時間をかけて十の波羅蜜を完成させると言われるが、その過程で五戒のうち「妄語戒(嘘をつかないという戒め)」以外はしばしば等閑視される。菩薩がみずから残酷な行為に及ぶことも少なくない。注釈書にも、「じつに菩薩には、殺生も不与取も邪淫も飲酒もある場所においてはあり得るが、道理を破壊する虚偽の言葉を選んで嘘をつくことは、決してあり得ない」と明言されている。世俗にまみれて波羅蜜を行じる菩薩だが、嘘だけは決してつかない。嘘をついたら「私は十波羅蜜を完成してブッダになろう」という、菩薩の「誓願」自体が偽りとなり崩れてしまうからだ。「嘘をつかない」ことは、菩薩にとってアイデンティティの根幹にかかわる、何があっても譲れない一線なのだ。

ということで、日本でよく言われる「嘘も方便」という言葉は、菩薩の辞書にはないのである。嘘つきは菩薩になれない。

総図解 よくわかる 仏教

総図解 よくわかる 仏教

 

※『総図解 よくわかる 仏教』(2011,新人物往来社)に寄稿した原稿を再編集して掲載していきます。

スマナサーラ長老と読む お釈迦様の物語「ジャータカ」

スマナサーラ長老と読む お釈迦様の物語「ジャータカ」

 

ジャータカを題材にした絵本や絵物語はたくさん刊行されていますが、ここではスマナサーラ長老の解説による著作を。

ジャータカ全集〈1〉

ジャータカ全集〈1〉

 

ジャータカを本格的に楽しみたければ、やはり原典を。春秋社のジャータカ全集のみならず、南伝大蔵経もジャータカ物語だけは口語体で訳されているので、ふつうに読んでわかります。

 

~生きとし生けるものが幸せでありますように~