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読了メモ(2012年2月)

 
2月の読書メモまとめました。安冨歩・他『今を生きる親鸞』と熊谷徹『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力四〇年戦争の真実』について長めに言及してるけど、読んでていちばん楽しかったのは湯川秀樹梅棹忠夫『人間にとって科学とは何か』でした。
 
2012年02月01日(水)

人間とは何か 実存的精神療法

人間とは何か 実存的精神療法

フランクルの主著『人間とは何か』春秋社、読んでる。人間観の前提が西欧キリスト教文化をユダヤ的に対象化したものなので、文字通り「骨格が違う」と思った。ただ「意味信仰」というキーワードが面白い。ミッション系の学校とか出てるともうちょっと肌感覚で分かるのかしら。(まだ読み終えていません……)
 
2012年02月07日(火)
原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―

原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―

仏教者は「言語」に批判的です。言語の限界ばかり説きます。しかしそれゆえ、日常的な「話法」の欺瞞に鈍感になっていないでしょうか?安冨歩原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語』は、そんな反省を促される本です。ご用心、ご用心。(再掲)
 
2012年02月09日(木)
今を生きる親鸞

今を生きる親鸞

安冨歩さん曰くの、スピノザ親鸞の教え(一向宗)を知っててその影響を受けたのではないか、っていう説には間接的な証拠があったんだね。(『今を生きる親鸞』樹心社より) いやぁ、思想史の分野で久々に聴いた面白い話。今後の展開が楽しみじゃ。
 
スピノザが「コナトゥスの作動を阻害するもの」と言ったものは、ブッダが五蓋・不如理作意・戯論(パパンチャ)などと言ったものと通底(おっ!便利な言葉)してるんだろうね。
 
コナトゥス、回向の力、などと言われるものについて、科学的手法によっては研究できない。しかし「それを破壊するものが何であるかについてであれば、研究することができる。要するに暴力の研究です。」安冨歩(今を生きる親鸞 57p) コナトゥスとか回向とか言っても、詮は「苦滅」なんだけどね。
 
第二章の鼎談はちょっとついていけないなぁ。結局、親鸞は本覚思想2.0ってことで落ち着いちゃうの……? (実際、そうなんだろうけど。)「苦滅」ではない神みたいな前提を作っちゃうから、苦を逃れようとして、途中から苦の化け物を追っちゃうんだけどね。難儀じゃ。
 
第三章は、安冨歩さんの思索を辿る入門編として良いかもしれません。第二章の鼎談の雰囲気は個人的に「苦手」な抹香臭いオーラ出まくってましたが、あとは読みやすい好著だと思います。
 
安冨歩さんが仰ってる「一人一人はちゃんとしているのに、集団になったら、あるいは人と人とが相互作用するなかで、何か大きな、止めようもない流れが生まれていくような現象がどうして生まれるのか」(120p)問題というのは、仏教の文脈でどう考えるべきか、興味あるところです。
 
原発の骨絡みの利権構造を告発する原子力ムラ批判にしても、田原総一朗なんかが「専門家はみんな真剣に考えてる。それが分からない脱原発は無責任なんだ!」(大意)と吠えることで一蹴される面があるのは、確かに御用学者と呼ばれる人々も、一人一人を見ればきっと「いい人・真面目な人」なんですね。
 
だから波風起こすのが嫌な平穏志向の人々からは「原発は良くないとしても、真面目な専門家を罵倒する脱原発派はお行儀が悪い」という話になってしまう。専門家たちも「自分たちは一生をかけて真面目に頑張ってきたのに、事情もしらない素人が勝手なことを!」と被害妄想で閉じこもってしまう。
 
この「態度が悪かったら何言っても受け入れない」「真面目な人を責めるな」という日本的な?倫理風土の中で、「真面目で品行方正な人々が集団になって狂った行動を始める」場面になると、もう誰もその暴走を止められなくなってしまいます。安冨歩さんが「東大話法」本で、「話法」という切り口を用いたのは実はものすごい「発明」というか、日本社会の出口ない感じを打開する「発破」ではないかと思っています。 というわけで、安冨歩さんに、この曲を捧げましょう。
 
Stevie Wonder ”Master Blaster”(Jammin')

 
『今を生きる親鸞』は安冨歩さんの思索「まとめ」的な第三章「親鸞との出遇いと学び 「親鸞ルネサンスの試み」」を読めばいいかな。お坊さんの話は、ぜんぜんルネッサンスしてないし。章の最後のほうに出てくる「方便論的個人主義」っていう言い方は面白いね。上方町人哲学をうまく継承してる感じ。
 
2012年02月12日(日)
J-46 人間にとって科学とはなにか (中公クラシックス)

J-46 人間にとって科学とはなにか (中公クラシックス)

湯川秀樹梅棹忠夫『人間にとって科学とは何か』中公クラシックス、読了。爽快な読後感。
 
ヒトの将来に関する仮説

  1. かなわん
  2. いやになってしまう
  3. つぶれる

(165p)
 
って、湯川秀樹さん、ちょっwww
 
2012年02月16日(木)

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

ラーメンと愛国 (講談社現代新書)

速水健朗『ラーメンと愛国』講談社現代新書、読了。あたかも角山栄『茶の世界史』、臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る』 (共に中公新書) のラーメン版のようなスケール大きな作品。素材の料理の仕方の肌合いは浅羽通明澁澤龍彦の時代』にも通じるような。広くお薦めできる面白さだ。
 
2012年02月19日(日)
敦賀湾原発銀座 [悪性リンパ腫]多発地帯の恐怖 (宝島SUGOI文庫)

敦賀湾原発銀座 [悪性リンパ腫]多発地帯の恐怖 (宝島SUGOI文庫)

明石昇二郎『敦賀原発銀座 [悪性リンパ腫]多発地帯の恐怖』(宝島SUGOI文庫) 読了。 デタラメな言を弄して健康被害を隠蔽する御用学者の手口は何も変わっていない。本書の告発を埋れさせたことが福島原発事故を招いた遠因の一つではないか。
 
2012年02月20日(月)
なぜメルケルは「転向」したのか

なぜメルケルは「転向」したのか

熊谷徹『なぜメルケルは「転向」したのか-ドイツ原子力四〇年戦争の真実』日経BP,読了。amazonにはレビューないが(2月20日現在)、非常に読み応えある良書。ドイツ「人間中心主義」のうねりが、原子力「桃源郷」幻想による自己疎外を克服する過程を活写。
 
メルケルさんって、東ドイツ出身なのか。牧師の娘で理論物理学畑。
 
「ドイツ人の福島事故に対する(センセーショナルな)反応は、直接被害を受けた人々のことを思わず、自分の安全のことばかり考えるドイツ人のSelbstbezogenheitが原因だ」という批判もあったと。ドイツ語だと「ジコチュー」もちょっとかっこいいねw
 
「原子力エネルギーは砂漠を肥沃の地に変え、厳冬を春に変える。数百ポンドのウランとトリウムがあれば、サハラ砂漠とゴビ砂漠を緑地に変え、シベリア、北米、グリーンランド、南極をリビエラのような温暖の地に変えることが出来る」エルンスト・ブロッホ1959 レトロフューチャーの後始末マジ大変
 
2012年02月23日(木)
熊谷徹『なぜメルケルは「転向」したのか』を読んで思ったが、技術者や科学者に任せていたら、今後何回メルトダウン事故が起きても原発脱却はできないだろう。何を言われようが、「素人の乱」を拡大させるしかない。反知性主義ではなく、飼い慣らされ条件付けられた知性に反抗するのだ。
 
2012年02月24日(金) アルボムッレ・スマナサーラ『無我の見方 「私」から自由になる生き方』サンガ、編集時の苦労も忘れて楽しく読了。読み物として面白い上に、日本語で仏教の「無我」を論じる際の基準点になる高度な内容と思う。版元不祥事に負けず、広く読まれて欲しい。
 
2012年02月26日(日)
魚は痛みを感じるか?

魚は痛みを感じるか?

ヴィクトリア・ブレイスウェスト『魚は痛みを感じるか? Do Fish Feel Pain?』紀伊国屋書店、読了。魚類学者による研究報告だが、動物福祉の最前線というべき「魚の福祉」問題の論点がスマートに提示されている。結論から言えば、魚は痛みを感じるのだ。
 
2012年02月28日(火)
君あり、故に我あり (講談社学術文庫)

君あり、故に我あり (講談社学術文庫)

サティシュ・クマール『君あり、故に我あり―依存の宣言』は面白い本。中でも、彼の哲学の芯をつくったお母さんのエピソードが素晴らしい。ジャイナ教の出家儀式に関する記述も興味深い。エライ人巡礼ツアーの後半は、眠くて読み飛ばしちゃったけど。
 
〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜