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「不殺生の戒」と「慈悲の冥想」(森岡正博さんとの対話に因んで)

森岡正博さん(大阪府立大学人間社会学部人間科学科教授)とTwitter

という対話をした。自分のブログを読み返したら、こちらの記事のコメント欄でこの問題についてちょっと論じたことがあった。とくに出典などは出してない文章だけど、参考までに以下、ちょっとだけ加筆したものを掲載したい。
 
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≪不殺生≫という戒の実践には、どこまで厳密に守るのかというレベルがあります。具体的には、出家と在家とでは避けるべき殺生の範囲が違います。
 
在家の社会生活が成り立つレベルで、一般的に生命を殺さないように、自分のために殺させないように、という戒めに設定されています。
 
一方、出家はもっと厳密です。草を手折ったり、土を掘り返すことも禁じられています。比丘の持ち物の中には、水を漉して飲む漉し網も含まれています。
 
社会生活を送る中で、自分に注意可能は範囲で生命を殺さないということです。目に見えない微生物のことはそもそも「殺そう」という意思さえ成り立たないので、考慮する必要はありません。病原菌の侵入に対して身体が免疫反応を起こすことを抑制することなど目指していません。
 
(殺菌剤などを「これで細菌どもを皆殺しにしてやる」という害意に取り付かれて振りまけば、それはその汚れたこころに従った行為の悪い結果を受けます。ふつう、そこまでしないでしょ?)
 
五戒は実践的な倫理なので、規定に実践性がなければ意味がありません。不殺生とは、「できる限り」気をつけて、生命を殺さないという戒めになるのです。それは最初から完璧な善に安立することではなく(だったらそもそも修行にならない)、善にいたるための実践です。殺生の罪が満ちている世間で、いかにして不殺生(殺さない、殺させない)の生き方を実践していくのか、という課題を自分に課すことで、鋭い智慧が開発されることも期待されます。
 
一方、≪慈悲の冥想≫は、一言で言えば「慈しみのこころ」を育てる実践です。
 
冥想は落ち着いたこころで実践するものです。たとえ自分が自己嫌悪で自暴自棄になりがちだとしても、親戚や友人にいけ好かないやつがいて、時折、腹を立てていたとしても、心を落ち着けて背筋を伸ばして坐り、冥想実践するときは、「私は幸せでありますように」「私の親しい人々が幸せでありますように」と念じるのです。「生きとし生けるものが幸せでありますように」と念じる場合も同じです。
 
自分と他の生命との関係が完璧に平和なものでないとしても、「生きとし生けるものが幸せでありますように」という一切衆生を慈しむこころは育てなければ成りません。そのこころ(意行)が、実践者の言葉(語行)や行動(身行)を導くのですから。
 
というわけで、≪不殺生の戒≫と≪慈悲の冥想≫は相互補完的な関係にあります。しかし、違う修行です。不殺生の戒が完全に守れないからといって、慈悲の冥想が成り立たない、という話ではありません。
 
慈悲の冥想はたとえ殺生に携わる仕事をしている人でも、実践できます。不殺生戒も、時期を区切れば可能です。要は自分の罪を正当化しないこと、漸進的な向上の意思を捨てないことです。正直で素直な気持ちがあれば、実践にはそれで充分です。
 
不殺生の戒も、戒によって自分の行動に気をつけることが期待されています。もちろん、戒をついつい不注意で、また、罪を罪で上塗りするような人間社会の不条理によって、破ってしまうことは織り込み済みです。ですから、懺悔とセットです。
 
まとめ。
 
●戒は、実践できる範囲で設定されていなければ意味がありません。さまざまな試練や矛盾と向き合って持戒の実践をしながら、人格を陶冶します。
 
●慈悲の冥想は、「不殺生の戒」の実践に関する限界を超えて、無量の慈悲のこころを一切生命に拡げます。生命に対する害意そのから自由になる「こころの成長」を目指すものです。
 
(智慧の開発を求める人は、中途半端な知識で頭を混乱させたり、意味のない仮定にもとづいて終わらない思考をして悩むことなく、釈尊の定めた修行道の目的をしっかり把握して、歩むべきでしょう。)
 
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