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加藤徹『中国人の腹のうち』

 

中国人の腹のうち (廣済堂新書)

中国人の腹のうち (廣済堂新書)

 
編集者の佐藤賢二さんから献本いただいた。
 

平気で海賊版を作ったり、粗悪品を売りつけたり、指摘すると居直ったり……。
中国人の言動は、日本人には一見、デタラメで身勝手にしか思えない。
しかしそこには、歴史や風土に培われた彼らなりの理屈がある。
古典作品から現代風俗にまで通じた気鋭の中国文学研究者が、摩訶不思議な中国人の思考回路を大解剖。*1

 
『漢文力』『貝と羊の中国人』『西太后 』など著書も多い加藤先生のインタビューをまとめた本。時評から歴史、政治、思想、文化まで幅広くざっくばらんな話が続く。博覧強記ぶりと明らかにルーズな決め付けが交互に襲ってくるので、正座して拝聴、というよりは肩の力を抜いて読むのに丁度良い塩梅。
 
特に興味深かったのは六章。中国(古典)思想は徹頭徹尾「人間関係の処世術」=智謀学であって中国に「哲学」はないと断じている。これ、よく「楽屋話」で言われる事だが、朱子学はどうなんだろうか? 列子荘子は? 仏教伝来以降(著者によれば玄奘三蔵の西遊帰東以後)はやはり哲学の土壌ができたんじゃないかなとか、疑問も残った。
 
それにしても、老子買い被りを嗤ったくだりは「知的冷や水」として秀逸。曰く
 

 日本で老子の解説をする人は、老子は「無為自然」の思想で人間関係を超越した高遠な自然哲学だといいますけど、老子は最初から最後まで徹頭徹尾、儒教の孔子以上に、「いかにしたら人生をうまくやれるか」というせこい話をしています。変な期待をしてはいけない。しょせんは中国の古典ですからね。
 書いてあるのは、「よく人を使う人は人に使われる人だ」とか、「本当に強い人間はへりくだる人間だ」とか、「柔よく剛を制す」のような、つまりは弱い人間こそが強い人間に勝てるというやたら人間くさいことばかり。逆説的な言い方をしているだけで、結局は処世術です。弱い者こそが強いとかは、科学的にはありえないですからね。それがあり得るのは処世術の世界だけ。*2

 
そこまでいうか(笑)。こんな感じのユルいって言えばユルいけど、油断ならない雑学談が190頁にわたって続きます。
 
加藤先生に依れば、中国と日本は社会のベースには随分断層があるように見えて、若者文化のレベルではどんどん似てきているそうです。しかし「似てくるからといって仲良くやっていけるかというと、また別問題」*3というのが難しいところ。そのうえで「あとがき」で述べられる「日中友好の秘訣」はシンプルそのものなんですが……。
 
漢字のブロックを慎重に風通し良い塩梅に積み上げ、仮名文字の漆喰で美しく固めていく、加藤先生のいつもの文体のファンからすると、ちょっと品の落ちる本かなぁという気もしましたが、たまにはこういう雑談本も楽しいです。「加藤徹入門」としても、広くオススメしたいです。
 
終わりに、全部読んだわけではないですが加藤先生の他の本の寸評も。
 

中国古典からの発想―漢文・京劇・中国人

中国古典からの発想―漢文・京劇・中国人

各所で連載されたエッセイ等を集めた単行本。加藤先生の関心分野を眺望するには最適の一冊だけど、悔しい寸止め感も。「なぜ『論語』や漢詩は訓読されるのに、「お経」は音読されるのか。その理由は日本文化の深層とつながっているのだが、紙面の都合上、ここでは割愛する」(70p)ってそこを読みたいのに!
 
漢文の素養   誰が日本文化をつくったのか? (光文社新書)

漢文の素養 誰が日本文化をつくったのか? (光文社新書)

日本文化を牽引してきた漢文の功績に光を当てる。けっこう力こぶ入ってますね。
 
漢文力 (中公文庫)

漢文力 (中公文庫)

代表作。啓蒙的な漢文再入門、漢文魅力発見の本。
 
怪の漢文力―中国古典の想像力 (中公文庫)

怪の漢文力―中国古典の想像力 (中公文庫)

魑魅魍魎うごめく漢文のダークサイドを覗きみる。個人的には随一に好きな本。
 
西太后―大清帝国最後の光芒 (中公新書)

西太后―大清帝国最後の光芒 (中公新書)

西太后が君臨した清末の中国は現代中国の「予告編」とする。我々がイメージする中国の「伝統文化」が完成したのも西太后の時代と。「産む機械」として後宮に入り、男児を産んで清帝国の「統治機械」を逆支配。男以上に男として振る舞い、一方で「女のリア充」を満喫する同時代のヴィクトリア女王に憧れた西太后。これ凄い現代的じゃん!西太后の評伝としてのみならず中国近代史をアンシャン・レジーム側から俯瞰するための本として一級の作品でしょう。
 
本当は危ない『論語』 (NHK出版新書)

本当は危ない『論語』 (NHK出版新書)

二千数百年にわたって数多の東アジア人の魂をあらぬ方向に鼓舞し続けた「危険文書」として『論語』を読みなおす。中国における論語評価の変遷、孔子の生涯、論語読みの危なさ、近世以降の日本で「革命の書」となった経緯など、読みどころたくさん。論語の意訳箇所の深い読みにも感嘆した。巻末にはもちろん呉智英夫子の『現代人の論語』が挙げてあるよ!
 
貝と羊の中国人 (新潮新書)

貝と羊の中国人 (新潮新書)

中国文化論としては、『中国人の腹のうち』の次に、ぜひ本書を読んで欲しい。これまで微妙に引っかかっていた「支那」呼称の問題や、戸籍上の人工激減の解釈などにも納得いく解説がなされていて有難かった。まさに「痒い所に手が届く中国人論」といった感じの良書。
 

主要目次
第1章 貝の文化 羊の文化
第2章 流浪のノウハウ
第3章 中国人の頭の中
第4章 人口から見た中国史
第5章 ヒーローと社会階級
第6章 地政学から見た中国
第7章 黄帝と神武天皇
終章 中国社会の多面性

 
と偉そうに寸評しましたが、僕もまだ未読なのが……

京劇―「政治の国」の俳優群像 (中公叢書)

京劇―「政治の国」の俳優群像 (中公叢書)

これは秋の課題図書にしたいと思います。
 
〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

*1:amazon.co.jpに載ってた内容紹介

*2:146p

*3:187p