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呉智英『つぎはぎ仏教入門』を読む(1)

 

つぎはぎ仏教入門

つぎはぎ仏教入門

筑摩書房のIさんより呉智英氏の新刊『つぎはぎ仏教入門』を献本いただきました。
 
『封建主義者かく語りき』『現代人の論語』『マンガ狂につける薬』などの著書がある評論家の呉智英氏は、実はそうとうな仏教書読みでもあったそうです。
 
僕は個人的に、呉智英氏が高田馬場で開いていた論語素読の私塾『以費塾』に通っていたので、学恩に報いるためにも、書評とまでいきませんが、何回かに分けて本の内容紹介と寸評を試みたいと思います。

 専門家が書いた仏教書は、緻密な記述によって、まるで深い森のような荘重な趣を漂わせているけれど、読む者はその深い森に迷い込んでしまい、出口は見えない。そんな仏教書を、蛮勇を振るって好きなように読み、仏教書以外の歴史書や哲学書を、これも気ままに読み、そこで知りえたことをつぎはぎしてみると、かえって仏教が概観でき、仏教の核心が現れてくる。
 本書はそういう仏教入門書である。*1

これはカバー見返しにも引かれている言葉で、同書の基本的なスタンスを示しています。以下、目次に沿って読んでみましょう。

  • 第一章 宗教とは何か

この章では、仏教を論じる前提として、仏教を含む宗教はなぜ生まれたのか、について簡潔な考察がなされています。呉智英夫子曰く、それは「死への対抗」「死への恐れへの対抗」です。
 
200ページ余りの本書には、思考の経済に資するというか、複雑にみえる思想の核心を短いフレーズで整理した金言の宝庫になってます。各自で見つけてみてください。
 
宗教とは何か、について論じたはずの第一章でも、すでに呉智英氏の仏教観と仏教史観が先取りしてズバリと語られています。曰く、

 生がある以上、必ず死はある。これが得心できないことが迷妄であり、この真理に目覚めることが「覚り」なのである。仏教の核はほぼこれにつきている。*2

これが呉智英氏の「仏教観」です。そして、

 しかし、釈迦の教えから遠く離れ、ほとんど別ものとなった後世の自称仏教では、魂(すなわち、他でもないこの自我)は永遠であり、さらには、肉体さえも永遠であるかのように説く。そのほうが、人間の願望(欲望)に合致していて喜ばれるからである。
 しかし、大きく変質してしまった後世の仏教にも、この釈迦の教えはたどれる。*3

これが呉智英氏の「仏教史観」というわけです。ですので、本書は現代一流の読書人による仏教入門であるとともに、けっこう辛辣な「仏教批判」の本でもあります。しかし、

 本書では、常識的な仏教を厳しく批判するが、同時に、通俗的な仏教批判にも与しない。この二つはともに仏教の理解を、仏教の再生を、妨げているのである。*4

と明言するあたりは、本書の異色なところでしょう。これは通俗的な「葬式仏教批判」を一蹴したくだりです。要するに宗教の起源が「死への恐れへの対抗」にあるのであれば、「葬式が宗教行為のなかで最重要ものの一つ」*5なのは当然であり、仏教が葬式仏教に「堕している」と批判することは、宗教の本質をまったく理解していない、という論旨です。
 
ちなみに第一章の中ほどには「コラム1■「観念論」と科学」が挟み込まれていますが、これは本書を読み進める上で重要なテキストです。

  • 第二章 仏教はどういう宗教か

 
……ここから先は、発売日以降にまた論じてみたいと思います。

続きはこちら!
 

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マンガ狂につける薬 二天一流篇

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〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜

*1:『つぎはぎ仏教入門』はじめに 13p

*2:『つぎはぎ仏教入門』第一章 32p

*3:『つぎはぎ仏教入門』第一章 32p

*4:『つぎはぎ仏教入門』第一章 20p

*5:『つぎはぎ仏教入門』第一章 20p