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公開シンポジウム「近代仏教を問う 仏教の近代化とは何だったのか?」


昨日、聴講した近代仏教史についてのシンポジウムの概要です。非常に有意義な内容でした。メモをもとにまとめましたので、講師の方々の実際の発言とはニュアンスが異なるところ、聞き間違えもあると思います。参考程度にお読みください。


2011/3/7 14:00-17:00 智山伝法院 公開シンポジウム
タイトル:近代仏教を問う 仏教の近代化とは何だったのか?
会場:別院真福寺地下講堂
http://www.chisan.or.jp/denbouin/symp/


講 師・パネリスト
 末木文美士 (国際日本文化研究センター教授)
 安中尚史 (立正大学教授)
 パネリスト 廣澤隆之 (智山伝法院院長)
 司会 阿部貴子(智山伝法院講師)


末木文美士 講演「日本仏教の近代」

今日はおおざっぱに概略を話します。最近出た注目すべき著作として、秋田光彦『葬式をしない寺―大阪・應典院の挑戦―』(新潮社新書)、磯村健太郎『ルポ 仏教、貧困・自殺に挑む』:(岩波書店)、島田裕巳『墓は、造らない 新しい「臨終の作法」 』(大和書房)がある。

葬式をしない寺―大阪・應典院の挑戦 (新潮新書)

葬式をしない寺―大阪・應典院の挑戦 (新潮新書)

ルポ 仏教、貧困・自殺に挑む

ルポ 仏教、貧困・自殺に挑む


去年、『葬式はいらない』をめぐって議論が沸騰したが、島田先生の発言は別に突飛でおかしなものではなかった。葬式仏教については、議論としてはすでに主要論点が出尽くしている。伝統仏教の葬式以外の活動が注目されてるのはその裏返しである。葬式仏教は近代仏教の柱であったが、今後はそれが教団の中核としてあり続けるのは難しい。それ以外の、従来葬式仏教の影に隠れていた仏教徒の活動が表に出てくる。葬式がダメだから他を探すのではなく、仏教の本来の活動とはなんだろうという問いである。


秋田さんの:『葬式をしない寺』にあったが、ボランティアなどの現場で仏教を振りかざしても意味ない。一人の人間として何ができるか。裏返せば、そこで立ち上がってくる仏教の思想とはなんなのか?文献学で作り上げられる建前の教学で済まなくなった時に、立ち上がってくる思想が問われている。宗派を開いていくという動きもある。ただ、近代(現代?)仏教の動きばかりが注目されると現象ばかり追ってしまうことになる。注目すべき現象を支える思想は何なのかと考えないといけない。


個人的なことをいえば、私は専門としては、古代中世の日本仏教を研究してきた。近代仏教には特に関心はなかった。しかし自分が研究してきた仏教が、自分の生き方とどう結びつくのかと考えた時に、近代の先人に着目した。自分はもともと哲学的な志向が強かった。特に引っかかったのは清沢 満之。清沢の残した思索から現代にも資する様々なものを引き出せると思った。


これまで日本仏教史の研究を進める上では、常識化された仏教史観があった。それは進歩史観、民衆史観というもので、その流れに仏教も乗せて見ることになっていた。特徴としては、「民衆に即した鎌倉仏教」というの評価。真言宗天台宗などの平安仏教は貴族仏教だということで評価が低く、貴族仏教から民衆仏教へ、という史観が主流だった。


それが黒田俊雄の『顕密体制論』を契機として変わっていったが、黒田自身はマルクス主義者だったのだが、彼の投じた一石は企図せざるところで、仏教史観に大きな影響を及ぼした。このように、古代中世の仏教を観る視点も、実は近代の思潮に左右されている。そういうことで、私の仏教研究も近代に注目せざるを得なということになった。近代仏教研究はいわば「必要に迫られて」始めたこと。いざ始めてみると、この分野はほとんど研究されてなかった事にびっくりした。私の仕事は大枠的で間違いやツッコミどころも多いと思う。しかし、大枠の図式を提示する事で、皆さんの役立つ事もあるでしょう。

王法と仏法―中世史の構図

王法と仏法―中世史の構図

二重の近代化
   ・合理性、科学性、啓蒙
   ・天皇中心体制(天皇ナショナリズム
(当日の配布資料より)

従来の日本近代化論では、天皇が突出する事が充分に説明しきれない。そこで再考が必要。国家神道という枠に対応するものとして、仏教が意味を持つ。国家神道の定義には議論がある。私は「近代の宗教体制の基軸となるもの」と考えている。国家神道をめぐる論争の背景にあるのは価値観の問題だ。冷静な議論の前に戦前体制をめぐる政治闘争になってしまう。価値問題をひとまず措いても、近代には宗教体制が大きく変わったことは事実。とりわけ「神道の樹立」は大きな変化。明治維新後に、初めて神道が成立したとも言える。


1900年、神社局が設置される異で、神道が他宗教と別に立てられる。国家神道の成立。そこで神道と仏教の擬似同等性が生じた。このように、日本で神道が表に立てられることは、合理的な近代化論では説明できない。


神道の自立宗教化/非宗教化 → 「冥」の世界の支配。


(この辺からは駆け足)
・明治神宮、靖国神社平安神宮などの新しい神社の建立(近代神社が神社の典型とされる。)
・神社の統合、格付けの進行。新しい教義(国定神話―アマテラス―神武を中核とする、神道の倫理化、祭神の統合)


神仏補完体制:仏教の変容。仏教は民間において神道を補完した。
・近代的な仏教教理の確立 → 社会的機能としては葬式仏教。
・葬式仏教も近世のあり方をそのまま継承したわけではない。


・家父長制を仏教が支えるシステムが作られて来た。
・それが日本仏教の実質的、経済的な基盤だった。
・1970年代から日本仏教の基盤となった家父長制が壊れ、「葬式仏教」にもゆらぎが起こった。


近代仏教には、個人救済を担った面と、民俗的に家父長制に根ざした面という二重性があった。基本的な正確は、国家神道を補完する存在だった。

海外に向けて
 欧米向け―――近代宗教の顔
 アジア向け――仏教者の連帯→大東亜構想の先兵
 
[表層=近代] 個人宗教としての仏教―――非宗教としての神道
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[深層=土着] 民俗としての仏教―――――宗教としての神道
(当日の配布資料より)

この体制の枠組みから排除されるものとして、まず挙げられるのがキリスト教。近代においてもキリスト教を排除した形で堅固な神仏補完体制が築かれていた。


(付論)
・日本宗教を論じる際に用いるべき図式は、「聖と俗」ではなく、「顕と冥」曼荼羅的な構成。
・人と人の「倫理」() ))))))))))死者、日本の神、仏、生きている他者、etc() )))))))))) 「神」=無 云々。


安中尚史(立正大学)講演 「仏教教団の近代化」

明治初年から明治8年までの動静を時系列に。(資料を読みながらの細かい話だったので略)日蓮宗神仏分離に消極的に対応した。いまだに江戸時代までの神祇信仰が変わらずに生きている。神仏分離令は、慶応4年(明治元年)3ー10月にかけて様々な形で出された布達の総称。「神仏分離令」という法令があったわけではない。云々。

あなただけの日蓮聖人

あなただけの日蓮聖人


廣澤隆之院長 まとめ

あえてトリックスター敵に問題提起したい。そもそも合理的とは何か?言語をもって筋道立てて論理的説明すること。前近代の宗教も、明治の国家神道の確立も、その時代の合理性の追求だった。安中先生の講演にあった日蓮宗神仏分離への消極的な対応、じつは積極的な対応だったと評価できるのではないか?


近代仏教史を通して見える傾向として、「バスに乗り遅れるな」という意強迫神経症があった。しかしその一方で、日蓮宗で三十番神を残すという二枚腰。よく問題となる近代的個人の問題は、観念的なものではない。近代に、都市化された環境に投げ出され漂った個人の問題だと考えるべき。そこは観念的な「近代的自我」論と土着性という二分法で掬い取れないのではないか。近世と近代の連続性と非連続性を見ていかないといけない。近世に胚胎していたものが、神仏分離令でどう表現されたのか、という視点も必要。
(※廣澤師がじつは一番熱かった……)

よくわかる仏教

よくわかる仏教


パネルディスカッション

司会:言い残した論点は?


末木:近代とは何かという前提が確固としてあるわけではなく、仏教から近代を問い直している。近世と近代の連続性と非連続性。近世をどう見るかという問題。近世への否定的見方、肯定的な見方、両方がある。他者として近世を見直す。我々の常識では計り知れない時代として、全体を捉え直す必要がある。だから、性急に近世と近代の連続性と非連続性を言うことはできない。中世についても同じ。鎌倉新仏教の近代的な解釈にも弊害があった。個人とは何か、というとらえ方は廣澤先生の指摘に同意する。近代になって都市に労働力として人口が流入した。再編成された家父長制からはみ出して浮遊した、従来の観念で捉えきれない階層が出てきた。そこで「個人」が具体的な問題として現れることになったと考えるべき。


安中:神仏分離への「消極的な対応」が実は積極的な対応であったという廣澤先生の指摘はなるほど。連続性と非連続性について、私は制度と組織から近代化を見る癖がある。日蓮宗に限ると、大教院が瓦解して各宗派の活動が自由化された明治9年に分派の枠組みが固まった。それは江戸時代の本山末寺制度の枠組みがほぼ連続している。他宗の事はなかなか手が回らないのが現状。


司会:近代の定義、現時点では?


末木:日本人が近代啓蒙として受け入れられたのは、科学の進展。カント、スペンサー、科学による人類の進歩というビジョン。個人を軸とした社会的。キリスト教を含むヨーロッパの模倣。キリスト教解体後の近代の導入。それがほぼ同時に入ってきた。あっという間に近代の超克論が流行る。模倣と抵抗の葛藤の中で、天皇制が形成されて行く。


安中 近代とは動くものです。それは現代に対する近代ですから。従来は1945年の終戦までが近代とされていたが、いまでは1970年頃までが近代では? 家制度の変質と新宗教の台頭。1970年頃が大きな転機となっている。100年後にはまたラインが変わるでしょう。


司会:神道の形成にあたって、記紀神話による統一があった。仏教ではそれが釈尊像の変化に対応するのではないか。村上専精の『仏教統一論』があり、歴史的ブッダとともに、大乗的なブッダ追求も行われた。釈尊像の統一というものは、要請されていたのか?


廣澤:近代仏教のブッダ像は近代仏教学の捏造だと言っている。宗門大学で学んだ子弟が、寺に戻ると日本のエートスに基づく仏教像とのギャップに直面する。その断絶はいまも克服されてない。


末木:『仏教統一論』は村上自身が論の後半で挫折を表明している。釈尊に統合される以前に、祖師の読み直しが起った。明治終わりに『歎異抄』から親鸞ブームが起こり、道元、日蓮も続いて読まれるように。日本の三大仏教者として大正、昭和に確立された。丸山真男も空海への評価は低かった。しかし、釈尊回帰はどこまであったか疑問。昭和初期の真理運動で「阿含経」が読まれたりもしたが、原始仏教的な釈尊像がポピュラーになったのは中村元くらいまで下るのではないか。


司会:近代仏教の特徴、迷信打破、呪術否定といわれるが、温存された祈祷などは?


安中:日蓮宗では江戸時代の祈祷の方法がほぼそのまま伝わっている。


廣澤:近代史は特に政治史が先行するので、近代仏教学では、魂の救済論より自己探求という所に重点が置かれている。しかし民衆が求めたのは、現世利益と死後供養。浄土教の「南無阿弥陀仏」も呪術的な言霊信仰が背景にあるのでは?私は呪術、加持で何が悪い!と居直っている。
(※メモしそびれたが廣澤師、島田裕巳氏のことをかなり強くDisってた。)


末木:日蓮宗は法華信仰に呪術を隠して合理化できた。真言宗はそれ(呪術)を抜かすと何も無くなる。それで近代化のバスに乗り遅れた。「呪術、加持で何が悪い!」と言われても、前近代の呪術性をそのまま受け止めるのは私は無理。そこは近代を通したものを提示しないと、受け入れられないのではないか。
(※この辺のバトル、もっと聴きたかったなぁ……)


司会:廃仏毀釈に対する民衆の反発は?


安中:地域差ある。すべて理解するのは難しい。各宗派、地域を見ていかないといけない。


司会:廃仏毀釈で宗門で何が失われて、何が加えられたのか?


安中:日蓮宗では教義的組織的には大きな影響はなかった。祖師信仰が強いので、遺文著作も江戸時代から受け継がれている。日蓮宗では失ったものは少ない。


司会:近代仏教学と実際上の仏道修行のギャップは?


廣澤:近代仏教学の成り立ちはヨーロッパにある。テキスト解釈では生活上の問題に対応できない。また、宗学(宗派の学問)も近代仏教学を前提に組み立てられている。実は、近代仏教学の問題意識というのは、ヨーロッパにおいて自分たちの問題を解決するためになされていた特殊な議論に過ぎないのではないか?それを我々日本人は、あたかも客観的な仏教研究であるかのように勘違いして受け取ってしまったのではないか?


末木:仏教学の研究はもっぱら文献学で扱い、宗教的な実践がともなう部分は民俗学・人類学など、分断されてきたのは確か。そのような学問の分野ごとのタコツボ化への反省は起こっている。欧州でもサンスクリット語購読の大学などはどんどん切り捨てられており、フィールドワーク中心になっている。それには私は反対である。仏教研究のために、古典を読む力は重要だ。


廣澤:まとめ。伝統はつねに創造されるものであるというのは質山伝法院のモットー。来年はあえて客の入りそうにない「真言宗における近代を問う」という催しをしたい。(満場の拍手)

明治思想家論 (近代日本の思想・再考)

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近代日本と仏教 (近代日本の思想・再考)

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仏典をよむ―死からはじまる仏教史

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※少し加筆しました。(2011/03/08)

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