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秋田光彦『葬式をしない寺 大阪・應典院の挑戦』

葬式をしない寺―大阪・應典院の挑戦 (新潮新書)

葬式をしない寺―大阪・應典院の挑戦 (新潮新書)


「檀家ゼロ、葬式・法事は一切しない」従来のお寺の常識を乗り越えた活動が注目を浴びる大阪の浄土宗寺院、應典院住職の活動報告。


本書の第一章「葬式をしない寺」で秋田住職が語る「葬式と寺」についての認識は明快だ。

 葬式と寺の関係も、そんなに古いものではありません。今日の先祖供養の普及は、明治近代の民法による「家制度」を契機としています。宗教的な必然があって、「葬式仏教」が生まれたわけではなかった。また、元は自宅葬であったものが寺葬に変容するのも、高度成長期に社会儀礼が大型化したからであって、これも経済成長という社会の動向に応えた結果、生まれたものでした。つまり、「葬式仏教」という大きなレッテルが貼られ、そこにお寺の専門性としての役割が収斂されていったのは、ついこの百数十年の間のことだったのです。(14−15p)


「そもそも」論を持ち出して葬式仏教を非難する識者も、あるいは「葬式仏教こそが日本仏教の本懐」と現状に過剰適応しようとする一部の伝統仏教関係者も、「葬式仏教」には歴史的な成り立ちがある、という肝心なポイントを忘れている。


葬式仏教を論じるときに陥りがちなトリコじかけを脱出するために、葬式仏教の「因縁」が的確に捉えなければならない。


本書の著者はそれに成功していると思う。だから秋田住職は葬式仏教を否定も肯定もしていない。そのような不毛な問題設定から「解脱」しているのだ。


解脱した人の話は役に立つ。だから、よく聴くべきだ。


※簡単なレビューはこっちにも書いた。


〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜