さまざまな五戒について


久々の更新。いま、宮坂宥勝『真理の花たば―法句経入門』(筑摩書房 仏教選書)を読んでいる。

真理の花たば―法句経入門 (仏教選書)

真理の花たば―法句経入門 (仏教選書)

宮坂師の原始仏教へのまなざしは独特のものがあって、いつも触発される。今回もいろいろ発見したり、冷や汗をたらしたりしつつ読んでいる。去年書いたブログ記事について、訂正しなければならない処も教えてもらった。


具体的には、昨年書いた2009-01-06 「五戒」を改竄するなかれに、かなり勇み足な発言があった。まず、「九条の会わかやま」よびかけ人のメッセージの以下の文章、、

仏教徒が守らなければならない五戒(パンチャ・シーラ)は全くもって平和五原則を遵守している。 一.不殺生(生き物を殺さない)―相互の領土の保全・主権の尊重。 二.不偸盗(ふちゅうとう。盗みをはたらかない)―不可侵。 三.不邪淫(男女の道を乱さない)―国内問題不介入。 四.不妄語(嘘をつかない)―平等と共生。 五.不邪見(正しい智慧)―平和共存。

に対して私は、「言っていることは立派かもしれないが、そんな五戒は、「仏教の五戒」ではないと思うぞ。」とクサしたのだが、この「五戒」にもきちんとした出典があった。上述『真理の花たば―法句経入門』93pには、

パンチャ・シーラは、一九五四年六月ネールと周恩来とが発表したインドと中華人民共和国との関係を規定する原則。これら五項目は仏教の人間の行動を規定する教義を国家的・国際的水準にまで高めようとするもので、政治的イデオロギー・社会体制のちがう国家のあいだの平和共存をはかるものである。その後、中共とアジア諸国、ソ連および東ヨーロッパ諸国とアジアの非共産主義諸国との間にも適用され、また一九五五年のバンドン会議で採択され、新しい平和思想として登場したものである。(岩波小事典「社会」一五九ー六〇ページ参照)

とある。平和運動に関わる人々にとって、五戒(パンチャ・シーラ)を「平和五原則」として紹介することは文脈としてまったく正しい。近代仏教史に関する本を出しておきながら、恥ずかしい間違いを犯してしまった。


また、生前戒名の会HPに書かれた以下の文章、

僧侶になろうと出家して、仏門に入るときは、「三帰五戒」を授かります。
「三帰」とは 「仏・法・僧」の三宝に帰依するということです。
ふせっしょうかい
「五戒」とは 不殺生戒 …生き物に危害を加えたり殺生しない
ふちゅうとうかい
不偸盗戒 …他人のものを盗まないこと
ふじゃいんかい
不邪淫戒 …淫らな性関係を持たないこと
ふとんよくかい
不貪欲戒 …深酒・飽食・無駄な買い物をしないこと
ふじゃけんかい
不邪見戒 …嘘をつかない、よこしまな考えを持たないこと

についても、それは本来の五戒とは異なる改竄である旨、かなり強い批判をした。ところが、同じく『真理の花たば―法句経入門』92pに、

……五戒の中の第五の「飲酒することなかれ」は密教(わが国の真言宗)では「誤まった見解を抱くことなかれ」となっている。参考までに申しあげると、これは七世紀後半頃に成立した密教の根本経典の一つである『大日経』の「受方便学処品」に説かれているものである。第五の不飲酒の戒はさきにも述べたように遮戒であるということもあるけれども、第五に「誤った見解を抱くことなかれ」を加えたのは、原始仏教における八正道の第一に挙げる正見(sammaadiTThi)によるものである。そして、これをもってこころ(三字傍点)のはたらきを代表させ、五戒の全体を十戒と同様に、からだ(三字傍点)とことば(三字傍点)とこころ(三字傍点)との三つのはたらきにまとめている。

と記されているではないか。なるほど、「不殺生戒、不偸盗戒、不邪淫戒、不貪欲戒、不邪見戒」という並びでは無いにせよ、「不殺生、不偸盗戒、不邪淫戒、不妄語戒、不邪見戒」という五戒が説かれた密教経典もあるわけだ。


実際に大正蔵検索で調べてみると、大日経(大毘盧遮那成佛神變加持經)の受方便學處品第十八には、

謂持不奪生命戒。及不與取。虚妄語。欲邪行。
邪見等。是名在家五戒句。菩薩受持如所説
善戒。…

という五戒が説かれている。であれば、生前戒名の会で言っている「不殺生戒、不偸盗戒、不邪淫戒、不貪欲戒、不邪見戒」という五戒に経証(経典に基づく証拠)がないと断定することはできない。こちらも批判する前の調査が足りなかった。


ただ、真言密教においても、五戒と言えばふつうは

  • 不殺生戒 生き物を殺さない
  • 不偸盗戒 与えられていないものを取らない
  • 不邪淫戒 淫らな行為をしない(夫婦以外のよこしまな性関係を持たない)
  • 不妄語戒 いつわりをかたらない
  • 不飲酒戒 放逸の原因となり、(人を)酔わせる酒類、麻薬などを使用しない

を指すことは、念のため付記しておきたい。


久々の更新で過去の記事の訂正になってしまったが、まぁこんな感じで今後とも間違いや舌足らずに気づいたときにはその都度訂正しながら続けていきたいと思いますので、どうぞよろしく。


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