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仏教は自由を目指す

2009年9月26日に名古屋市千種区IMYホールで開催された「名古屋初期仏教デー(講演と瞑想の会)」でのスマナサーラ長老のご法話を音声配信しました。スマナサーラ長老、冒頭でショーエンK『「ぼうず丸もうけ」のカラクリ』(ダイヤモンド社)に言及されていて興味深かったです。

仏教のありがたいところは、自分を自分で批判するところにあるんですね。批判というか、self-criticismというね、それって自己反省するよりも難しい、理性的でかっこいい態度なんです。自分たちのいけないところは、自分から真っ先に明らかにする。わざわざ他人に批判されたり、何か言われたりすると、興奮してカッとなって攻撃的になったり、自己弁護(に終始したり)する。他人が自分の過ちを示すまで待つ、というのはかっこわるいことです。そうではなくて、「その問題は、自分も知っていたんだよ」とならないと、かっこいい人間とは言えないんです。日本仏教と私が教えている(初期)仏教はずいぶん違いますけど、(日本の仏教にも)お釈迦さまの精神はけっこう残っているんですね。日本は文化的に、迷信に凝り固まってしまって国だから、仏教も迷信で汚染されているところはありますけど、それでも(釈尊が説いた)人間にとってあるべき精神、というものは残っている。若い坊さんたちは、……若いお坊さんばかりじゃないけど、自分たちが陥っている間違い、変なところは、自分から先に指摘しているんです。変に弁解したりすることなく、「これは間違いである」とね。それは、仏教の大事な特色なんです。(大意)


「ぼうず丸もうけ」のカラクリ

「ぼうず丸もうけ」のカラクリ