アメリカ本2冊

(4日)午前中学芸大前で会議。午後から家内と待ち合わせて上野西洋美術館でハンマースホイ展観た。晩年に描かれた奥さん肖像画の虚ろなやつれっぷりがすごかった。2丁拳銃小堀の奥さんの写真以来の衝撃。それにしてもメチャクチャ地味な作風なのにキーホルダーやらチョコレートのパッケージやらグッズが大量に売られていて、ウェブでもメディアミックスでいろいろ頑張りすぎていてすごいことに……。夕方から朝日カルチャー初期仏教講義のPC助手。知足と知恩について。

移動中に読んだ本。

黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人 (講談社プラスアルファ文庫)

黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人 (講談社プラスアルファ文庫)

『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』出井康博/講談社

日米開戦前夜、反米破壊活動を仕掛けた2人の日本人がいた。中根中と疋田保一。彼らは苛烈な差別にさらされた黒人と手を組み、米政府を打倒するべく、デトロイトで、ハーレムで、全く別のルートから地下工作に猛進した。彼らの仕掛けた導火線は、日米開戦後のデトロイトでの黒人大暴動につながっていく―。アメリカを震撼させた男達の正体とは!?そして隠蔽された日米関係の闇とは!?驚異の取材力で描く現代史発掘ノンフィクション。

1930年代から大東亜戦争開戦前後、日米関係が緊迫の度を高める中、デトロイトの黒人コミュニティに突如として現れた一人の日本人がいた。日本陸軍の元少佐を名乗るその男は、太平洋を挟んだ有色人種の連帯を叫び喝采を浴びる。さらに極東の大日本帝国が白人の世界支配を打破し、近い将来、抑圧されたアメリカ黒人を解放するだろうと予言する。すでに大日本帝国はそのための秘密工作を開始している。アメリカ黒人よ、白人支配を終わらせるために、日本人とともに立て、と。その予言は有力な政治指導者を失っていた当時の黒人たちの間に深く広く浸透していった。本書は最盛期には全米で10万人の黒人を組織し、リトル・マーカス・ガーベイよろしく崇められた伝説の扇動家、中根中の数奇な生涯を発掘した労作。同時期に、ハーレムの黒人文化人たちと交友を深め、日本におけるアメリカ黒人研究の草分けともなった疋田保一にも光を当てている。上述の紹介文の煽りと比して、中根の活動はもっと地味だったようだ。クライマックスの、デトロイト黒人暴動への影響も実際は間接的なものだ。しかし数少ない資料から丹念に中根の活動を洗い出し、ついに彼と愛人関係にあった黒人女性とのロングインタビューにまでたどり着くくだりは、少々冗長だが、本物のドラマを感じさせる。同じくアメリカ黒人と深く交わりながら、対照的な人生を送った中根中と疋田保一、そして同じくアメリカにわたりながらも、無頼漢の兄とは対照的に、迫害される日系人コミュニティのリーダーとして強制収容所で死んだ中根正人、そして中根中が最後に愛した黒人女性チーバー・ファーマーが辿った壮絶な「女の一生」……脇を固める人物の生きざまもヒリヒリと胸に刺さる。大分のキリスト教会で受洗した中根は、アメリカ黒人に向けて五箇条の信仰条規からなる怪しげな「日本の宗教」を布教し、さらにイスラム系黒人組織のネーション・オブ・イスラム(NOI)にも接触して乗っ取りを画策していたというのもすごい。まかり間違えば、マルコムXの師匠は日本人だったかもしれない。人種問題というアメリカのアキレス腱を突いた中根中の活動はアメリカ当局(FBI)のパラノイア的警戒を招き、日系人強制収用という暴挙の一要因にもなったとも指摘される。ゆえに現在でも、アメリカの黒人解放運動と日本との関係は一種のタブーになっているそうだ。オバマ大統領の誕生でそのあたりの雰囲気も少しは変わるのだろうか。オバマが来日したら、中根の生家がある大分県杵築市を訪れる……なんてことはあり得ないかな。

ここまで書いてふと思ったんだが、アメリカ黒人を「アフリカ系アメリカ人」と言い換えるのってどう考えても変だ。だって、血統的に白人(コーカサス系?)の血の方がが濃くても「黒人」にされちゃうんだから。政治的言い換えは問題をこじらせるだけ。

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)

『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』町山 智浩/文藝春秋

こちらはTBSラジオ・ストリーム「コラムの花道」でもおなじみ町山智浩さんのUSA時事コラム集。第一章の宗教ネタだけでもおなかいっぱいだが、何度目かの「終わり」を告げつつあるアメリカ合衆国の実相を軽妙に抉り出している。amazon.co.jpではなぜか上述の「中根中」本と一緒に買っている人が多い。確かに二冊あわせて読むと、すごく感慨深いものが去来すると思う。