戦争は罪悪である〜ある仏教者の名誉回復〜
10月12日、NHK教育テレビETV特集第244回『戦争は罪悪である〜ある仏教者の名誉回復〜』を観た。
日中戦争がはじまった1937(昭和12)年7月、大多数の宗教者が戦争に協力していく中で「戦争は罪悪。この戦争は侵略である」と説き、検挙された僧侶がいた。真宗大谷派の高僧・竹中彰元。警察の追及にも信念を曲げず、本山からも布教使資格のはく奪処分を受けて、 1945年にこの世を去った。
長らく忘れられていた彰元の行動が再び脚光を浴びたのは 70年近くが過ぎてから。300ページにおよぶ当時の取り調べの記録が寺でひそかに保管されていた。そこには、事件当時の関係者の証言と共に、彰元の信念も赤裸々に記録されていた。地元の人々や多くの宗教者たちの熱心な運動により、去年10月、本山はついに彰元の名誉回復に踏み切る決定を行う。彰元が検挙されて、実に70年ぶりのことだった。
本来「殺生」を禁じた仏教界はなぜ戦争に協力したのか。そして竹中彰元師はいかにして抵抗の信念を貫いたのか。発見された記録や関係者への取材をもとに描き、これまであまり取り上げられなかった「宗教者の戦争責任」について考える番組としたい。
(ETV特集バックナンバーページ)
仏教の不殺生戒を「一殺多生」のスローガンの下に捻じ曲げ、国民を戦争に駆り立てた近代日本仏教界のあり方に異議を唱えた彰元師の生き様に感銘を受けた。国論が一方向に雪崩を打ったとき、師のように、あくまでブッダの教えに忠実に生きることが自分に出来るだろうかと自問してみた。
「戦争によって敵に殺すことが結果として多くの生命を生かすことにつながるのだから、正義の戦争であれば躊躇無く敵を殺してもいいのだ。いたずらに殺生を厭うことは「小乗的」な戒律解釈に過ぎない」という主張は、もともと戒律に縁の薄い真宗のみならず、広く近代日本の大乗仏教に共有されてきた。
戦後、平和運動の担い手として持てはやされた日本山妙法寺の藤井日達にしても、戦前にスリランカに渡ったときには、日本仏教の戦争協力に疑問を呈した現地の僧侶を罵倒して、正義の戦争において、敵を殺すことこそが大乗の持戒である(大意)と強弁していた。
彰元師のように殺生戒を文字通りに「殺すなかれ」と受け取ることは、同時期の日本仏教の戒律理解においては、むしろ異端であった。仏教徒の戦争責任についての「反省」はよく語られるが、大乗仏教のご都合主義的な戒律解釈までが根本的に清算されたと言えるのかどうかは疑問だ。
- 作者: ブラィアン・アンドルーヴィクトリア,Brian Victoria,エィミー・ルィーズツジモト
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「大東亜戦争」期までの日本禅宗僧侶の戦争礼賛発言を批判した『禅と戦争―禅仏教は戦争に協力したか』ブラィアン・アンドルー ヴィクトリア(光人社)に対しても、ヒットラー暗殺計画のように「正義の殺人」もあるのではないか、などと寝ぼけた反論をする禅僧がいたことに、暗澹たる気分になった覚えがある。(同書にはかなり勇み足で雑な記述があることは否定できないが……)
人は、人や他の生命を殺すことがある。それは事実として否定できない。しかし殺すという事実があるからといって、殺すことを宗教的に「正当化」するならば、そこで道徳は消滅してしまう。現実との緊張関係を持たぬ戒は戒とは呼べない。そのように戒を保たない教えを、仏教と呼ぶことなど、とうていできないと僕は思う。
実に、慧は戒によって浄められ戒は慧によって清められる。戒があるところには慧があり、慧があるところには戒がある。戒がある者には慧があり、慧がある者には戒がある。また、戒と慧とは、世の最上のものといわれる。(D.I.p124)
今回のETV特集をきっかけとして、仏教の殺生戒について突っ込んだ議論がなされればと願う。
「大東亜戦争」前後の日本仏教については、拙著『大アジア思想活劇』(サンガ)39章・40章「ひとつになった仏教世界」でも概観している。重苦しいテーマだが、近代日本仏教にとっては一つの総決算となる時期であった。
- 作者: 佐藤哲朗
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〜生きとし生けるものに悟りの光が現れますように〜