大法輪/『聖☆おにいさん』で取材/『ジッポウ』インタビュー不掲載

大法輪 2008年 11月号 [雑誌]

大法輪 2008年 11月号 [雑誌]

大法輪 2008年 11月号 [雑誌]
出版社: 大法輪閣

スマナサーラ長老の『大法輪』(大法輪閣)新連載「テーラワーダ仏教の教科書」も4回目に突入。今回から増支部四集「パッタカンマ経」を読みながら、初期仏教における在家仏教徒の幸福論を概説。11月号には他に夏目房之介さんの「「仏教マンガ」の面白さ」が寄稿されている。これは一回で終わらせるのはもったいない。きちんと数回に分けて網羅的に論じられるべきテーマだと思うのだが……。大法輪の紙面づくりもちょっとづつ変化の兆しを見せているようで面白い。(でもお堅い雑誌がサブカル方面にぶれると、たいてい衰亡のサインだったりする印象があるので、ちょっぴり不安。やるなら中途半端な「ブレ」にとどまらず、とことんやって欲しい。)

聖☆おにいさん(1) (モーニングKC)

聖☆おにいさん(1) (モーニングKC)

聖☆おにいさん (2) (モーニングKC)

聖☆おにいさん (2) (モーニングKC)

いぜん「ひじる日々」で取り上げた、ブッダとイエスが立川で同棲中とゆー設定のギャグマンガ『聖☆おにいさん』(中村光/講談社)について、Ecumenical News International (ENI)とゆーキリスト教ニュースサイト(スイスのジュネーブに編集局を置く国際的なキリスト教メディア、だとか)からメール取材を受けた。このたび記事になったようだ。

ヘッドラインしか読めないのだが、記者のYさんに送ってもらった原稿では、僕のコメントはブログに書いた感想部分だけで、メール取材の分は反映されていない。でも作者の中村さんのコメントもふんだんに載っていて、けっこう読み応えのある記事だった。参考までに、僕がメールで送った文面を掲載しておく。

質問は、「このマンガについ、て日本の仏教徒の方々の間で、実際にどのような反応があるのか?」というものだった。以下、僕のコメント。

エキュメニカル・ニュース・インターナショナル ****様

お役に立つか分かりませんが、お答えします。

「仏教徒の反応」というと聞いて回ったわけではないのでよく分かりません。ただ、日本の仏教は一種の空気のようなもので、一部の新興教団や知識人以外、あまり自覚的に信仰している人はいないと思います。

チベットで仏教徒がいじめられたりすると、急に「仏教徒意識」が覚醒したりもしますが、自ら積極的に「仏教徒」というアイデンティティを誇示しているわけではありません。自分たちが祖先から受け継いだ伝統文化として、風景として親しんでいる、といったところでしょうか。

また日本の仏教はほとんどが大乗仏教のため、上座部仏教のタイやスリランカと違って、歴史的存在としてのお釈迦様(仏陀)に対する信仰・尊敬はそれほど強くありません。大乗仏教の経典のなかでも、お釈迦様は聞き役だったり、ストーリーのまとめ役だったりして、実際に活躍する他の菩薩や如来たちに比べると存在感が希薄です。

お釈迦様は多くの日本人にとって、「よく知らないけど仏教を始めた人」「花祭り(仏陀の誕生日)にお釈迦様の子供時代の像に甘茶をかける」くらいの存在です。むしろ、空海、法然、親鸞、道元、日蓮、といった祖師(宗派の祖)の方が宗教的権威をもっています。

もし仮に、マンガで日蓮をパロディにしたら、マンガの企画自体が通らないと思います。
創価学会はじめ、日蓮を崇める熱心な教団がたくさんありますから。)

そもそも日本でもっとも普及しているお釈迦様の伝記は、手塚治虫のマンガ『ブッダ』(潮出版)です。苦悩する「人間ブッダ」として描かれた手塚版ブッダは日本人のマンガ読者に広く浸透していますから、『聖☆おにいさん』のブッダ像もあまり抵抗なく受け入れられるのではないかと思います。

もう少しうがった見方をすれば、多くの日本人にとって聖なる存在とは人格的存在ではなくもっと抽象的なシステム(ゆるやかな道徳律を内包した自然)のようなものだと思われます。イエスにせよ、お釈迦様にせよ、そのシステムから生じてたまたま人格的な形をとった聖人、というとらえ方で、対立せず仲良く共存できると思っているのではないでしょうか?

このようなとらえ方は、おそらくキリスト教と相いれないところがあるでしょうが、外来宗教を受け入れるにあたっての日本人なりの咀嚼法だと思います。、『聖☆おにいさん』はそのような日本人の思考に沿ったマンガなので、広く受け入れられているということも言えるでしょう。

以上です。

エントリ冒頭で触れた夏目房之介さんの記事をけっこう補完してるかなという印象を後から読み直して受けた。よろしければ大法輪の夏目記事も一緒にご覧ください。

ジッポウ6

ジッポウ6

『ジッポウ』第6号
仏教総合研究所
ダイヤモンド社

ラストはちょっと残念な話題。仏教総合研究所(築地本願寺内)&ダイヤモンド社が発行していた仏教雑誌『ジッポウ』第7号(2008年秋号)は「出家特集」ということで、スマナサーラ長老のインタビューがどーんと掲載される予定だった。インタビューは大変盛り上がり、レイアウトゲラの著者校正も終わって、後は見本誌が届くのを待つばかりだった。しかし発行直前になってから宗門サイドから待ったがかかって、急遽特集組み換えになって刊行が延期という事態に。結局、スマナサーラ長老のインタビュー記事も差し替えになってしまったようだ。まぁ、最近は『チベット特集』打ったりして、ぜんぜん浄土真宗っぽくなかったので、「なんで他宗派の奴ばっかり出すんじゃ!これじゃ何のために親鸞聖人七五〇回大遠忌の金を出してるんだか分らん」と一部の怒りを買った可能性はある。巨大な教団だから、お金だけ渡して後は若い人で好きにやってちょうだい、という鷹揚な態度に徹するのは難しかったのかもしれない。宗門の内部事情は分らないので憶測でしか語れないけど、編集に携わってきた彼岸寺の皆さんもこれにめげず、仏教の新しい流れを絶やすことなく、明るく頑張って欲しいと思います。一切の現象は過ぎ去る性質ですから。

〜生きとし生けるものに悟りの光が現れますように〜