大谷栄一先生のお言葉

宗教社会学者の大谷栄一先生よりご自身のブログ上でサンガ版『大アジア思想活劇』へのコメントをいただいた。ありがたや。

大アジア思想活劇―仏教が結んだ、もうひとつの近代史

大アジア思想活劇―仏教が結んだ、もうひとつの近代史

 先日、佐藤哲朗氏から、労作『大アジア思想活劇─仏教が結んだ、もうひとつの近代史』(サンガ、2008年)をご恵贈いただいた。真の意味で労作と呼ぶにふさわしい著作である。
 佐藤氏は、日本テーラワーダ仏教協会の事務局長で、アルボムッレ・スマナサーラ長老の書籍編集等で活躍されている方。
 じつは、以前、佐藤氏には拙著を書評していただいたことがあり、また、佐藤氏にお世話になり、非常勤先の学生と一緒に、日本テーラワーダ仏教協会を見学させていただいたこともある。つまり、前々からの知り合いだが、佐藤氏を知ったきっかけは、じつは、この『大アジア思想活劇』である。
 どういうことかというと、『大アジア思想活劇』は、当初、1999〜2001年にかけてメールマガジンとして配信され、サイト上に『@BODDO大アジア思想活劇』として掲載されたテキストが、2006年にオンデマンド出版の書籍として刊行された。今回、そのオンデマンド版が増補改訂された上で刊行されたわけである。僕は、サイト上で、『アジ活』を知ったのである。
 オンデマンド版では入手しにくかったと思うが、今回は書店に並ぶので手に入れやすいと思う。
(中略)
 とにかく圧倒的な情報量と読み応え、面白さなので、一読をお薦めしたい。近代仏教に興味のある人に(むしろ興味のない人にこそ)読んで欲しい一冊である。

大谷先生の出世作にして近代仏教研究の金字塔として輝く『近代日本の日蓮主義運動』(法蔵館)は人文書読みの必読書。

近代日本の日蓮主義運動

近代日本の日蓮主義運動

読後、感激のあまり火を噴きそうになりながら書いた書評を転載しておく。

乱世を席巻した“太陽のドグマ”


西暦2002年は日蓮宗の立教開宗750年にあたり、日蓮に関する出版物が数多く出版されている。いま日蓮が熱い。その熱源にもっとも肉薄する研究書が出た。


近代日本の仏教諸派のなかで、一貫して先鋭的な存在でありつづけたかに見える日蓮系教団。しかし明治維新後の廃仏毀釈をたくみな政治力で克服し、明治の後期まで日本仏教の地位確立に尽力したのは京都両本願寺を拠点とする浄土真宗であり、日蓮系教団は当初まったく振るわなかった。


ところが明治後期から大正、昭和初期にかけて沸き起こった“日蓮主義”運動を通じて、日蓮の思想は近代日本の国家政策を規定するまでの強い影響力を発揮するようになる。鎌倉時代からの長い伝統を誇る日蓮系教団の底力は、「立教開宗」600年以上を経て爆発した。


この運動を指揮し“日蓮主義”のイデオローグとして活躍したのは在家仏教教団・国柱会の創始者である田中智学(1861-1939)と、日蓮系の顕本法華宗管長をつとめた本多日生(1867-1931)である。本書はこの二人が「宗教運動を立ち上げた1880年代(明治中期)から、ピークを迎えた1920年代(昭和初期)までの50年間の日本社会の激動のなかで、ふたりがどのような言説によって人びとをひきつけ、どのような活動を通じて運動を組織していったのか」詳細に検証した労作だ。 


近代日本という未曾有の“乱世”に、「歴史への応答」として展開された日蓮主義運動の壮大な軌跡を説くことは本書にゆずるが、取り上げられる二人のうち、特に注目すべきは田中智学だろう。


彼は1880年代(明治中期)より在家信徒による日蓮主義運動を展開し、「立正安国会」(のちの国柱会)を設立、印刷メディアや幻灯上映を用いた積極的な教化運動を繰り広げた。智学は日本仏教が在家仏教として進む道を理論的に意義づけ、近代という時代と果敢に格闘しながら“生きた仏教”のあり方を創出・実践した。


近代日本の“宗教改革者”として、恒に世間を賑わせた智学の生涯を貫く一本の柱は、日蓮遺文を精読した結果到達した「国体思想」である。彼は「日本国体」の発顕を通じて日蓮主義を世界に及ぼすビジョンを説いた。仏教の厭世的なイメージを払拭し、マルクス主義にも対抗し得る世界的視野と実践理論を兼ね備えた智学の“太陽のドグマ”は、当時の憂国青年たちに熱狂的に受け入れられ、後の右翼革命運動にも強い思想的影響を及ぼす。満州事変を引き起こす石原莞爾血盟団の井上日昭、ユートピア文学者の宮沢賢治も智学の薫陶を受けた人脈に連なっている。


智学は『日本国体の研究』のなかでこう叫ぶ。「法華経を形とした国としての日本と、日本を精神化した法華経と、この法国の冥合といふことが、世界の壮観として、世界文明の最殿者として、日本国体を開顕すべく日蓮主義は世に出た、日本でなくてはならぬ法華経! 法華経でなければならぬ日本!…」


また、戦前から戦時中にかけて連呼された“八紘一宇”のスローガンも、国体思想の文脈で智学が提唱した成語であった。著者の曰く、「智学にとって、日本とは「建国の主義」をもった「道の国」であった。」(p256)そして智学の思想は決して現在のわれわれ日本人と隔絶しているわけではない。


長いあいだ日本は「顔のない国」といわれ、理念や理想とは無縁の国として自己規定されてきた。だがかつて日本を「道の国」と位置付け、その国体に体現された理想を全世界へ推し拡げようとした時代があった。その結末を知り恐怖するがゆえに、われわれは、「昔から顔の無かった自分」「理念や理想とは無縁に生きてきた自分」という自画像を捏造したに過ぎないのだ。

2002-09-21 / 佐藤哲朗(出典:khipu

未読の方はぜひこの機会に読んでみてほしい。

〜生きとし生けるものに悟りの光が現れますように〜