生命が何よりも嫌う言葉

今日、スマナサーラ長老から聞いたジャータカ物語。

むかしむかし、ある森に二人の行者がいた。一人は菩薩(釈尊の前生)であった。
二人は別々の洞窟で修行しており、時々、会っては語りあう友人だった。


菩薩はある時、行者の友がひどくやつれているのに気がついた。
「君、いったいどうしたんだい?」
菩薩が尋ねると、行者の友は「実は……」と言って恐ろしい体験を話し始めた。


最近、行者が洞窟で座禅を組んでいると、毎日、巨大なコブラがやってくるようになった。
コブラは行者の体にとぐろを巻き、ちょうど修行者の顔のところに自分の顔をよせて幸せそうに眠るのだった。
そのコブラは雌で、森で見かけた修行者に深く好意を寄せていた。

それは行者にも分かっていたんだが、猛毒を持つコブラに魅入られた彼は生きた心地がしなかった。
体にとぐろを巻かれ、コブラの鎌首に頬ずりされながら、まんじりともせずに夜を過ごすこと数日……。
疲労でやつれ果てた行者は、菩薩に「ぼかぁ、もうすぐ死ぬよ」とこぼすしかなかった。


菩薩は一計を案じた。


菩薩「ねえ君、夜やってくるハニーは、ただのコブラかい?それとも蛇の王族(ナーガ・ラージャ)かい?」
行者「そりゃぁ、彼女あんなでっかいんだから、蛇族の王だろうよ」
菩薩「だったらさ、今晩、彼女が来たら、
『ハニー、君はチンターマニ(如意宝珠)を持ってるだろ。あれを僕にくれないか?』
って言ってみなよ。蛇の王族だったら、チンターマニを持ってるはずだから。そう言えば、君は助かるよ」


菩薩の助言に行者は半信半疑だったが、とりあえず自分の洞窟に戻って修行を続けた。


夜になると、またスルスルという音とともにコブラのハニーがやってきて、いつものように行者の体に巻きついた。
行者は、こみ上げる恐怖を抑えながら、コブラに話しかけた。
「ね、ねぇハニー……。君はチンターマニを持ってるだろ。あれを僕にくれない……かな?」
すると、コブラはスーッととぐろを解いて、修行者の洞窟から出て行ってしまった。


次の日の夜も、コブラはやってきて、行者の体にまきついた。
「ねえ、君、チンターマニを持ってるだろ。あれを僕にくれないかな?」
またもや、コブラはとぐろを説いて、洞窟から出て行ってしまった。


次の晩もコブラはやってきた。しかし彼女は洞窟の入り口でこちらの様子をうかがうばかり。行者はまた話しかけた。
「君、チンターマニ持ってるだろ。あれ僕にくれない?」
コブラはすぐさま振り返るとサーっと逃げてしまった。


その次の晩、コブラは現れなかった。


また次の晩も現れなかった。


修行者はなんとなく、コブラが来るのを待ちわびていた。


慕われていた時は、うざいし、怖いし、気持ち悪いし、サイアクだったコブラだが、いなくなってみると急に淋しくなったのだ。


ビミョーな気分を抱えてうつうつとした行者は、菩薩と会ってこうこぼした。


「最近、コブラが洞窟に来なくなったんだ。いつ来てくれるんだろうか……」


菩薩は、行者の友にあきれつつ、こう答えた。


「そんな待ってたって、彼女はもう二度と来やしないよ。君は彼女が一番嫌がることを言ってやったんだから」


行者はびっくりして問い返した。


「ええ??、僕はただ、君に言われたとおり『チンターマニをくれ』と言っただけじゃないか。なんでそんなことで……」


菩薩は笑って答えた。


「君、知らないの? すべての生き物が何よりも嫌うのは「(君のものを)くれ」っていう言葉なんだよ」

「だから、仏教で他人に言ってはならない最たるものは『(君のものを)くれ』っていう言葉なんです」と、スマナサーラ長老はいいたもうた。


〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜