ナショナリズムと社会効率/南・玄侑対談/仏教要語の基礎知識

国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス)

国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス)

先日も紹介した佐藤優『国家論』で、ナショナリズムについて論じた第三章の一節が印象的だった。

 端的に行って、ナショナリズムとは、エスニックな境界線が政治的な境界線を分断してはならないと要求する政治的正統性の理論であり、なかんずく、ある所与の国家内部にあるエスニックな境界線によって――これは原理を一般的に定義したときに、正式にはすでに排除された偶発的なケースであるが――権力を握るものが他の人々から切り離されてはならないと要求するそれである。(同前、二頁)※アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム岩波書店

 このような主張を「民族支配」(ethnocracy)といいます。ロシア語では「エトノクラツィア」(ЭТНОКРаЦИЯ)です。これは官僚支配(bureaucracy)や金権支配(plutocracy)に対して、要するに、自分たちの民族によってすべての支配をするという主張です。では、自分がその民族である、愛国者であると立正するにはどうすればよいのか。その民族への入場券はどこにあるのか。
 簡単なことです。大きな声で「自分は愛国者である」と言えば、その瞬間に入場券を買うことができます。誰が真の愛国者であるかという客観的な資格や検定試験はありません。国家公務員試験で統治エリートを採用するシステムでは、オープンな選抜試験を行い、成績優秀者が採られる。成績優秀であることが、エリートへの入場券です。しかし、ナショナリズムにはそういう入場券が要らない。政治的な努力も要らなければ、学術的な基礎訓練も要らない。コストがほとんどかからずに、支配エリートの側に属することができます。ですから、民族支配になると行政の効率や水準は必ず悪くなります。しかし、愛国者という記号は、国家システムが流動的になったときに、すごい力をもつのです。

ここ数年の日本社会の事象を思い出しながら読むとたいへん合点がゆく。ロシア語のところは一文字づつコピペしたけど間違っていたらゴメン。

同時代禅僧対談 “問い”の問答

同時代禅僧対談 “問い”の問答

南直哉師と玄侑宗久師の対談『〈問い〉の問答―同時代禅僧対談』(佼成出版社)を眺める。二箇所ほどスマナサーラ長老の名前が出てきた。上座部仏教の人気は日本大乗仏教への警告であるから、自分たちも頑張って大乗的なアイデンティティを強化(大乗仏教発祥の動機付けへの回帰?)しないといかん、みたいなことを話していた。うーん、結局、「仏教(ブッダの教え)」より「大乗」というアイデンティティが先に来るのかね、この人たちに到っても。他にも、南師が「上座部はシステムが整っていてどんな問いにも明快に答える論理性があるけど、何か隠しているような気がする(大意)」云々と気がするだけの難癖をつけたり、玄侑師もスマナサーラ長老に般若心経を論難されたことを念頭に観音萌えを蒸し返したり。蛙。

仏教要語の基礎知識

仏教要語の基礎知識

本屋の棚に水野弘元『仏教要語の基礎知識』の新版があったので、パラパラと見ていたら第二章 三宝/二 各説/C 僧、僧伽/近代日本で意味するサンガ(P106)の注釈部分で、

(前略)元来、大乗仏教の理想は出家在家の区別をなくし、すべてが世俗生活を営みながら仏教の聖なる第一義的立場に立つことを目的とした。(中略)歴史的にインドの大乗仏教において、出家在家の区別を設けない時代が存在したかどうかは不明であるが、大乗の理想からいえば、出家在家の二重教団組織は必要でないであろう。しかし、専門の出家者がいなくては実際には不便があったために、後では大乗仏教にも出家在家の区別が生じたようである。中国や日本の大乗仏教もこの伝統を受け継いで来ている。

とあってびっくり。帰ってから自分の本(旧版)を読んだが同じ記述があった。これは明らかに、顚倒した説明だ。明治政府から「肉食妻帯勝手なるべし」と言われて僧侶が公然と家庭を持ったことで「出家サンガ」が消滅し、僧侶が単に仏教儀礼執行者としての機能を果たすだけとなり、出家サンガを必要としない在家仏教団体が大きな力を持つに到った、とゆー日本仏教の歴史を、「大乗の理想」とやらを持ち出して後付で合理化しているに過ぎないんだけど……。古典とはいえ、近代日本仏教「神学」をぜんぜん相対化できていない。名著は名著だけど、やはりこの本自体が注釈入りで読まれないといけない、古い本だなぁと思う。その辺、気をつけないと、学仏の徒は解けない魔術のなかで世に後れてゆくばかりである。

明解 仏教入門

明解 仏教入門

同じ春秋社から出ている仏教入門でも、城福雅伸『明解 仏教入門』は筋がいいと思うけど。この調子で『仏教要語の基礎知識』も城福氏が書き直してくれないかな。

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