ラーフラ尊者は龍樹ならぬ龍頭?(掲示板より)

日本テーラワーダ仏教協会HP掲示板で、ラーフラ尊者の名前について、「なぜ釈尊は自分の息子にネガティブな意味のラーフラという名前を付けたのか」について、議論になっている。山折哲雄『ブッダは、なぜ子を捨てたかasin:4087203514』が売れた影響もあって、この問題に関心を持つ人が増えているのかもしれない。藤本慈照師が書き込みで、京都にある真宗大谷派紫雲寺(住職・伴戸昇空師)のエッセイを「私はこの説を支持します」として紹介されていた。

(前略)
 インドの古い文献に、シャカ族はアーリア人種ではなく、キラータ(山の民)だと書かれているといいます。キラータというのは、ヒマラヤ東部からアッサム、雲南にかけての山岳地帯に住むモンゴロイド(蒙古系人種)のことです。
(中略)
 このシャカ族のトーテムはナーガ(竜)でした。ナーガというのは一般にニシキヘビやキングコブラやワニのように胴体の長い生き物のことを言いますが、シャカ族のトーテムだったナーガ(竜)は、クンビーラ(金比羅)というワニの一種(ガビアル)だったと言います。

 ところで、古代インドの占星術にもナーガ(竜)が出てまいります。そして、そのナーガの頭を「ラーフ」、尻尾を「ケートゥ」と呼んでいるのです。釈尊より古い時代の文献『リグ・ヴェーダ』によると、日食と月食を引き起こすのは悪魔アスラだと言われていますが、それが「ラーフ」だとは言われていません。
(中略)
 そこで想像するのですが、本来「ラーフ」というのは、悪魔(アスラ)のことなどではなく、「ナーガの頭」のことであって、「ラーフラ」というのは「ナーガの頭になる者」という意味ではなかったのでしょうか。もしそうなら、ラーフラの誕生伝説はもっと分かりやすい話になってまいります。

 インドでは古来、家の後嗣ぎがないと出家はできません。出家を願っていたゴータマは、子供が産まれるのを待っていた。そこへ男子出産のニュースがもたらされ、ゴータマは「ラーフラ(シャカ族のトーテムであるナーガの頭になる者、シャカ族の指導者となる者)が生まれた」と叫び、父王スッドーダナも、その「ラーフラ」という言葉の意味を理解したからこそ、その命名を喜んで受け入れた。そして、後嗣ぎとなる男子の出産を確認したゴータマは、後顧の憂いなく、喜び勇んで出家した。
(後略)

なんと!ラーフラ尊者の名前は「ナーガの頭」を意味していたと!ラーフラ尊者は龍樹ならぬ龍頭……なんて言ったら、マニカナエムさんが大喜びしそう。

えー……仏伝の研究とゆーのは、だいたい「逸話」をかき混ぜて固定概念で繋ぎ合わせる体のものが多い。森章司先生が総指揮を執る中央学術研究所(HPちょっとは更新すればいいのに……)『原始仏教聖典資料による釈尊伝の研究』シリーズのようなクソまじめな研究もあるにはあるが。

ちょっと話題になった並川孝儀『ゴータマ・ブッダ考asin:4804305637』などは「下衆の勘ぐり」のオンパレードでエピソードを繋いだ話にならないひどい「与太話」だったし、それに影響を受けた山折哲雄『ブッダは、なぜ子を捨てたかasin:4087203514』にしても、心萎える読後感を否めなかった。それらに比べれば、伴戸昇空師の「与太話」はずいぶんマシなものだと思う。ナーガ王は成道された後も釈尊をお守りしたわけだし、こーゆーお話を聞くと、諸星大二郎の絵柄で脳内釈尊伝が踊りだしそうになってワクワクしてくるわ(笑)。

仏教夜話の「仏弟子群像」シリーズでは、釈尊教団におけるバラモン仏弟子釈迦族系(クシャトリア系)仏弟子との対立を指摘していたりするあたり、「想像」の翼の羽ばたかせ方がユニークだ。まぁどっちにせよ、推測だらけで決定的な答えの出てこない話だけどね。下手をすると、釈尊と阿羅漢方をできるだけ矮小化しようとする「仏陀インスパイア教」の思考力学の泥沼にはまり込んでしまうし。まぁ、お好きな方はどうぞ。

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