糟谷磯丸抜書き集

正月二日、旅先の伊良湖岬を歩いて、糟谷磯丸(江戸後期の漁夫歌人 明和元年1764〜弘化五年1848 数え八十五歳で没)を知った(こちらのサイトに詳しい解説と歌の紹介がある)。宿に全集(『新編 磯丸全集』)があったので、道歌・教訓歌・まじない歌を中心に、心の向くままに抜書きしてみた。全集の解説で引用されている表記と本文の表記が違っていたりして、厳密ではないがご容赦願いたい。


初期の歌
草刈中に

  • 朝草にかりこめられてきりぎりすわれもなくかやおれもなくなり

伊良湖参拝の帰りに

  • 明神の石の斜段で眺むれば沖で漁師が船をこぎます

吉田藩主に従ひ将軍に拝謁後白扇を賜はり

  • たみはほねひらけるみよは地かみにて君は扇のかなめなりけり

怒り

  • かくつちの怒も人のまことにはなこみてよそにゆきしかしこさ

あみたふつ(阿弥陀仏)といふことを句のかしらによめる

  • すしらぬをもちなからねとなるかきつみのみくるおろかさ

  • 人はたゞ下を見てゆけ道すぐに上に目のつく蟹は横ばひ

晩年

  • いづくとも行方さだめぬ我が身こそ風にまかする木の葉なりけり
  • いたづらに我とはなさじ何事もたゝあめつちにまかす身なれば
  • あふぎつゝ天津み空を笠にきてひろき世にすむ身こそやすけれ
  • いろいろにそめし心の色さめてもとの白地になるぞうれしき


  • 天地の造りなしたるみたまもの知らでわが身と思ふおろかさ
  • わが身とてわがものならず天地のつくりなしたうみたまなりけり
  • 佛とも神ともならん荒み魂みがゝですぎしことをしぞ思ふ
  • 今みれば心の中にさく花を知らでたづねしことをしぞ思ふ
  • 法の水深き淺きはくむ人の心々のうつはにぞよる
  • みなもとをたづねて見ればわが心濁れば地獄すめば極楽
  • 水のごとすむもにこるも世の中はそのみなかみのこゝろなりけり
  • 手にとれず目には見えねど天地を動かすものは心なりけり
  • おろかしや餓鬼も地獄も極楽も鬼も佛も心なりけり
  • 世の中はたゝかりそめのくさまくら露のひぬまのうたゝねのゆめ
  • いかばかり心すむらん山たかみ御法の水の流くむ身は
  • おのづからすまばやどらん水からの心を照す法の月かげ
  • 手にとれず目にもさやかにみえわかぬみのりの花は心にやさく
  • をりをりにうきむら雲はかゝれども心の月はくもらざりけり
  • 尋ねてもおくには何もなむあみだその口もとがすぐに極楽

てひはつする人によみてつかはす

  • 墨染に心を染めようへにきるころものいろはとにもかくにも

天保九年二月六日の夜、いつくともなく僧きたりて、宿をこひければ、一夜とめけり。その夜きるものをとりにければ

  • きてわたるおもて計は墨染の袖に似あはぬうらはしら波

寄付述懐

  • へだてなくうき世の中は照せども心のやみは月も及ばじ

霜月十二日おくのいん(鳳来寺)へ登るとて、道のみへはかちかたければ

  • みえぬかなみのりの道もおろかなるむねにまよひの雲しはれねば
  • いづくぞと尋ねて見れば身を守る神はまことの道にぞありける
  • いはずともよきもあしきも人ぞ知る人はわが身の鏡なりけり
  • 底知らぬ池の汀に住みゐても汲まぬうつはに水はたまらぬ
  • なに事も知らぬが佛さとりたとおもふ心ぞまよひなりけり
  • 心から心の鬼にせめられて身のおき所なき人もあり
  • いづくぞと鬼のすみかをたづぬればおのが心のうちにこそあれ
  • 身をせむる心の鬼をうちころせかんにん棒の棒の力で
  • 上みればかぎりしられぬ天の下笠きてくらせ人の世の中
  • 人はみなたからの山にすみながらたらぬたらぬとなになげくらん

十五夜の月を見て

  • あふぎみるわが心まで大空にみちこそわたれもち月のかげ
  • こころなきものとはいはじ草も木もかぜのかよへばこゑかはすなり

或婦人の怒るを見て

  • 何故にはらを立田の山おろし面にもみぢをふきちらすらん

  • 心から人は神にも佛にもなせはなる身をしらぬおろかさ
  • 姿こそうつりゆくともかはらすにあらまほしきは心なりけり

世の中の歌

  • 世の中に神も佛もなきものとむりいふ人のゆく末を見よ
  • 世の中の人と生れて孝なきはとびやからすにおとりこそすれ
  • 世の中はいかにわたらんまるきばしふみそこなへは深き谷ぞこ
  • おのが身をすぐに渡れば世の中の人は心のまゝになるなり
  • かりそめの草のいほりはせばくとも心はひろき世の中にすめ
  • 世の中にいきとしけるものはみなわか身のはしといたはれよ人
  • 世の中のよしをつゝしむ人はたゝ身のわざわひもすくなかりけり
  • よくふかくかねもつ人はおほけれと善ある人はまれな世の中
  • 世の中にちゑなきものの浅ましさなにゝつけてもじまんこふまん
  • つゝしめよてきもみかたもおのかなすよくからおこる人の世の中
  • 世の中のあつきさむきあめつちのしぜんとしらていとふおろかさ
  • 世の中の人の心のじやけんには神もほとけもちからおよはす
  • 世の中に心をひろくもつひとはなにゝつけてもくらふなきもの
  • 一生ははかりかたなきますのうちうちはにくらせ人の世の中
  • うらみたりうらみられたり世の中の人の心はあきのくずはら
  • わが身こそうき世のなかのまくず原うらみらなとも人はうらみじ
  • おしなへて人はたかきもいやしきもまとろむうちは夢の世の中
  • 世の中は山川遠くめくりてもわが田に水をひくならひかな
  • 世の中の人はなにはのうらおもてよしといふたりあしといふたり
  • 世の中の人の恩をはわするゝなわがなす恩を恩とおもふな
  • 世の中のめぐみの海にすみながらこゝろとさわぐ波かせそうき
  • うらみじな人はおろかよ我身さへ心のままにならぬ世のなか
  • 世の中の人のわるさをみるにつけおもひなほせよおのか心を
  • 遠くとも善にはすゝめ近くともあくはのかれよ世の中の人

世の中百首中

  • とりとめんことこそなけれ行水の流れてはやき人の世の中
  • 世の中のめくみの海を心からみをうき舟とさわく波かせ
  • よしむともたれかのこらん早瀬川ながるゝ水のあはれ世の中

世の中の歌

  • けふありてあすなきものハ世の中の人のいのちと春のしら雪

草も木も、佛心ありと聞て

  • 心なきものとはいはし草も木もかせのかよへはこゑかはすなり
  • あすありと思ひのばすな何事もたゝけふけふとつとめおこなへ
  • かゝる身のまよひのくもははれすともけふの御法の月はくもらし
  • 人しれぬ心にさけるのりの花いかてかうつろふ時やあるへき

不生不滅

  • 出ついりつうき世の中にあり明のつきぬは人の心なりけり

地獄

  • 西東きたと尋ねてまよふなよみんなみにある地獄極楽

剃髪し給ふとて、歌よみてとよ、ありければ

  • 黒髪をおろすけふより心をも猶こくそめよ墨染の袖
  • ひとしほに心をそみよ墨そめの衣のいろはとにもかくにも
  • うらやましうき世をよそにふみわけて君は御法のみちもとむらん

不生不滅(七十七歳)

  • 出つ入つうき世の中に有明のつきぬ寶はみたまなりけり

御神にねき奉りて

  • われもよし人もよかれと明暮にいのる信は神そしるらん

不生不滅といふことをよめとありければ

  • 御佛のひかりはとはに有明の月日とともによをめくむらん

呪禁(まじない)歌こちらで「磯の玉藻」中の作を読める

身のはれたるをなほす歌

  • 大空と同じ心のあきらかにはれたる身にはさはりあるまじ

病のなほる歌

  • すませたゞ心し清くすみぬれは病は水のあわと消えまし

かさの病のなほる歌

  • むら雲はしばしのうちにはるるなり其のみのかさはぬぎもすてなん

蛇よけ

  • へびならはじゃの道すくに池か山人のすみかによるなさわるな

井戸に長虫のわき出るとて歌こひければ 八十二翁

  • いとはるる井戸をは出て人のため山川にすめ命長むし

猪よけ

  • 心あらはうえてししてもみつきものつくる田はたをはみなあらしそ

うさぎ除

  • うさぎでもうえてししてもみつぎものつくる田畑をはみなあらしそ

水虫

  • 人の身にかゝるはおろか名にしおふ水むしならは水にすまなん (……なれは水に住なん)

のみ、蚊、しらみよけ

  • 人をのみくろふはおろ身をしらみ人たる物の身にはやとらし

蟹よけ

  • 人の住家にはよるな穴を出て穴にいるこそ蟹の道なれ

ある女よるおびえるとて歌こひけれは(七十九歳)

  • ひきしめてゆるすなよ夢おとろかすおのがこころのこまのたつなを

髪はえる歌

  • ねがわくは猶生茂れ名にしおふくろ髪山の色まさるまて

さひなんよけの歌

  • 世にひろき道を心にかけ行かはみにはさはりもあらしとそ思ふ

たたりする神に

  • かくふかくうらみもはれてまもれかし今はその地の神とまつれは

あたまの病をはらふ歌

  • なにしおう我かみやまの風たちてかゝるさわりはふきはらへかし

四海兄弟

  • 人はみなひとつうつはのうちにすむ魚と水との心ともかな

ある人地獄といふことよめとこひけれは、

  • 目のはたのまつ毛のことくちかすきてみることかたき地獄こくらく
  • をしやほしやにくやかはいのつみとかかつもりつもりて地獄とはなる

同上(八十四歳)

  • よしみれは地獄といふも極らくも善と悪とのふたつなりけり
  • まよふなよまよハは地獄まのあたりさとれはすくにここか極らく

たから

  • 人は皆たからの山に住なからものほしそふになになけくらん
  • たつねてもほかにはあらし世の中の三つのたからはわれとあめつち

述懐(七十八歳)

  • たゝぬそよ人は信と慈悲とちゑみつのたからがひとつかけても

メモの文字がいまいち自信ないものも含めて、抜書きしたのは以上の歌。いま全集を取り寄せてるので後日校正したいと思う。

〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜