愛の母子像

『愛の母子像』刻まれる平和
建立から21年 遺族の願い碑文に

 横浜市中区山手町の「港の見える丘公園」にひっそりたたずむ母子像。この像が一九七七年の米軍機墜落事故の犠牲になった同市緑区(現・青葉区)の土志田(どしだ)和枝さん=当時(31)=と二人の愛児をしのんで建てられたことに気づく人はまずいない。経緯の碑文を刻むことを市から認められなかったからだ。だが、建立から二十一年を経た今月、ようやく説明文が設置されることになった。遺族は「平和を願う像であることを多くの人に知ってほしい」と、やっとかなった思いをかみしめている。 (横浜支局・金杉貴雄)
(ソース:東京新聞1月12日)

数日前から取り上げようと思っていたけど、疲れ果てて止めていました。1977年に起きた、横浜の米軍F4ファントム墜落事件に関する後日談です。母親と泣きながらこの母子の物語を聞いた(早乙女勝元の絵本だったか)ような記憶がある。記事を読んで、久々に思い出した。僕が住んでいた都営住宅も横田基地を離発着する米軍機の通り道だったから、実感としてもひとごとという訳ではなかった。住宅地に戦闘機を落として自分たちは悠々とパラシュート脱出した米兵、ヘリで駆けつけ米兵だけを回収し被災者を見捨てて去った自衛隊、生き残った被災者を厄介者扱いし精神病院に押し込めた行政。そして遺族が私費を投じて建立しようとした記念碑をめぐって横浜市から受けたあまりにも非人情な仕打ち。知れば知るほど背筋が寒くなった。最近の日本政府が忠米ポチだとか、へたれだとか言われるが、どういたしまして、30年前から同じです。「同胞への徹底した冷たさ」は今昔を問わぬ骨がらみのようです。日陰者のように建てられた事件の記念碑「愛の母子像」には、いまも市民の献花が絶えない、という話にちょっと救われました(ゆえに中田市長も動いたのでしょう)。ところで神奈川選出の小泉首相はこの像に参詣したことはあるのでしょうか?

参考リンク

パパママバイバイ (子ども平和図書館)

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〜生きとし生けるものが幸せでありますように〜